小学五年生の夏休み。
僕は神社の境内で、見たことのない真っ白なセミを見つけた。
わあ、珍しい……!
捕まえようとしたら、近くにいたおじいさんに止められた。
「そのセミだけは逃がしなさい」
「え、なんでですか?」
「白いセミとは会いすぎないほうがいい」
なんだそれ。
納得できなかったけれど、その日は仕方なく逃がしてあげた。
だけど、どうしてもあの白いセミが欲しくて、次の日も神社に行った。
昨日の白いセミはまた同じ木で鳴いていたけれど、高い場所にとまっていて捕まえられそうにない。
ジーワ、ジーワ、ジージージー……。
鳴き声を聞いているうちに、なんだか頭がぼんやりしてきた。
あれ……?
なんで僕は、昨日あのセミを捕まえるのをやめたのか。
昨日の宿題はちゃんとやったのか。
昨日の晩ご飯はなんだったか。
友達とはなにを話したか……なぜか昨日の記憶が曖昧で思い出せない。
そんな日々が続いて、七日目の朝。
白いセミは、死んでしまったのか木からいなくなっていた。
「また来たのか」
振り向くと、おじいさんから声をかけられた。
なんとなく前にも会ったような気もするが、やっぱりよく覚えていない。
「僕、あのセミに会ってからなんだか忘れっぽくなっちゃったんです……」
「忘れたんじゃなくて、食べられたのさ」
「え?」
「あの白いセミは、人間の記憶を食べて七日だけ生きる生き物なんだ」
「じゃあ、僕が忘れたこの一週間の記憶は……」
「もう戻らんよ」
それから僕は夏になると毎年白いセミを探すようになった。
もちろん最初は記憶を食べられることが怖かった。
だけど、嫌な思い出まで消えていくことに気づくと、次第に白いセミを求めるようになった。
「ああ、やっと見つけた」
今年も、無事に白いセミを見つけた。
その鳴き声を耳をすましていると、ふいにポケットの中に入っていた財布が落ちた。
中には一枚の写真が入っていて、そこには知らない女性と、小さな女の子が笑っている。
裏には、僕の字でこう書かれていた。
『忘れないで。あなたの家族です』
〈解説〉
♦️最初におじいさんが言っていた「その白いセミとは会いすぎないほうがいい」という忠告を覚えているかしら?
あの白いセミが食べるのは、嫌な記憶だけじゃないの。
楽しかった思い出や、大切な人との記憶まで少しずつ奪ってしまうのよ。
♣️つまり、忘れたくない記憶まで食べられてしまうってこと?
♦️そのとおり。でも語り手は嫌なことを忘れられる心地よさに依存してしまった。だから毎年、夏になるたびに白いセミを探し続けたの。何年も、何十年もね。
♣️じゃあ、最後の写真に写っていたふたりは……。
♦️語り手が忘れてしまった妻と娘よ。毎年記憶を失う自分へ警告しながらも、夏が来るたび白いセミを求めてしまう。
その時点でもう、語り手は白いセミから逃れられなくなっていたのね。



