監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

 しんとした部屋でひとり枕に顔を押し当てて、ふと思う。

 元の世界でも異世界でも、私は辛い時、苦しい時、いつもこうしている。どこの世界でも、自分を取り巻く環境は変わらない。

 陳腐な表現でいえば、人にいい様に使われる。これが私の運命であり、人生の集約だ。

 そう思える程、私は産まれた時からひとりぼっちで、人の温もりを感じることができなかった。

 もちろん人一人の人間が産まれるには、それ相応の過程があることぐらいわかっている。両親が居て、母と呼ばれる存在が私を生み出したことぐらいは。

 正確に言えば、私はずっと産まれた時から心が独りぼっちだった。これが正しいのだろう。

 私は望まれて生まれてきた。これは間違いない。でも母親の身勝手な都合のために生まれた存在だ。

 母親は私という存在を利用して、ある男を手に入れようとした。その男とは、私の父親でもある。

 生物学上では父親と呼ぶ存在の男は、母に対して愛情などなかった。

 母と関係を持ったのは、ただの気まぐれだったのか、遊びだったのか。その両方だったのかわからない。一つだけわかるのは、本気ではなかったというだけだ。

 一方母親は本気だったが、残念なことに愛されることを知らない人間でもあった。

 街にあふれているドラマや漫画のように、子供さえ産めば父親が自分の元へ来てくれると信じて疑わない愚かな人間だった。

 物語と現実は別物。母親の元に父親が来ることはなく、母親は簡単に捨てられた。そして不要となった私も、それはそれは簡単に母親に捨てられた。

 元いた世界は、優しい世界だった。

 育児放棄された私はすぐさま施設に引き取られ、周りの勧めで高校へ進学した。

 風のように過ぎ去った学校生活では、友達もいなければ、イジメもなかった。

 居るのか居ないのかわからない存在の私は、端からイジメの対象にならなかったのだろう。いや、もしかしたらイジメられていたのかもしれないが、それに気付くことはなかった。

 砂利道を歩くような高校生活を終えて働きだした私の前に、突然、母親が現れた。幼い頃、私を捨てた時と同じような服装で。

 白く浮きだった小皺の目立つ顔に、10代の学生が着るようなミニスカートに安いファーコート。胸が悪くなるほど、醜い姿だった。私を捨てたのが10年以上前なのに、母親の心の時間だけが止まっているように見えた。

 見てはいけないものを見てしまったような気持ちで顔を逸らした私に、母親はへらへら笑いながら近付いて来て、こう言った。

「ねぇ、アカリ。お金、ちょうだい」

 私が断るわけがない、そんな口調だった。

 言われるがまま財布からありったけの札を引き抜き手渡したのは、愛情からではなかった。手切れ金だと自分に言い聞かせ、渡しただけ。けれど──

「またね」

 母親はそう言って、ひらひらと手を振って私の元から去って行った。

 たったそれだけの仕草、それだけの言葉。でも私にとったら、絶望を意味する呪詛のようなものだった。

 去っていく母親の後姿を見つめていたら、幼い頃にあの人から受けた数々の暴力が生々しく思い出され、癒えたはずの傷が疼くように痛んだ。

 きっと傍から見たら、10年以上前に自分を捨てた親など、縁を切れば解決する話。気にすることでもない。もしくは、恐喝されたと法的処置をすればいいだけだ。

 でも私はお金を取られたことより、母親がまだ生きていたことより、目の前に現れた母親が自分の未来の姿のように思えて恐ろしかった。

 あんなふうにはなりたくない。全身でそう叫んだ。

 男に依存した挙句、捨てられ、そして自分の子供を簡単に捨てられる人間。しかも、その子供に何の抵抗もなく会える女。プライドも生きる意味も失って、ただただそこにいるだけの最低の人間。

 そんな母親の血を引いている自分の存在を今すぐ消したいと思った。

 気付いた時には橋の中心に立ち、誘われるように身を乗り出していた。

 私が住んでいた地方の街には東西を隔てる大きな川があり、分断された土地を繋ぐ為に橋があった。その橋は長さもさることながら、高さも相当なもの。
 
 ああ、良かった。これで終わる。それが私が橋から身を投げる瞬間の嘘偽りない気持ちだった。

 そうして私、五十鈴 朱里の19年の人生は幕を閉じた……そのはずだった。