「…っぅ…ハッ…わかっていたけど、痛いもんは痛いな…」
腹部を押さえながら、木に背を預ける。
面倒くさかったので、剣を流さず、自身の腹部を犠牲に相手を始末した。
前の生では流さず、真面目に受けたことで、後々、皇帝としての仕事に支障が出たから、それなら、と、諦め半分で腹部を選んだんだが。
「……」
死にはしないだろうが、中々に出血が収まらず、元々あまり眠れていないこともあって、嗚呼、疲れた……。
出てきた時の雰囲気からして、少し経てば、琉琉が追いかけてくるだろう。琉琉は龍神様だから、割と何でもできる。こんな傷、琉琉がいれば……だから、それまで何とか持ちこたえよう……そう思っていた矢先。
「─わっ!?」
声がした。
山の中だ。しかも、翳りがあるほうだ。
普通の民なら、誰も近寄ることがない場所だ。
だからこそ、皇帝を始末するのに選ばれたのだ。
「……」
…だというのに。
目の前に広がる、死屍累々。
それを見て、彼女はひどく叫ぶも、泣くもせず。
「確かに、人目はないかあ……」
そう言いながら、死屍を跨ぐ。そして。
「─ね、生きてる?」
そう、神狼に問いかけてきた。
確信めいた言い方、その瞳、
「あっ、生きてた」
ニッ、と、嬉しそうな笑顔。
─嗚呼、今世では”ここ”なのか。
「凄い怪我だね。─これらのせい?」
「まあ……」
「ふぅん。髪質、肌質、衣も……高官なんだね、貴方」
「……」
相変わらず、目が良い。
元々、襲撃される予定だったから、特に身格好に気を使わなかった結果だ。それでも、見抜かれない予定だったが、彼女の目利きの前では無意味である。
「─あ、肯定も否定も必要ないよ。そして、報酬とかもどうでもいいから。これは私の独り言みたいな……あ、でも、高官なら、一つだけお願いしたいな」
黙っていた神狼を見て、考えてくれたんだろう。
思いやり、よりも、今の彼女は『面倒臭そうだから』という理由が見て取れて、懐かしさに笑みが出そうだ。
「いいぞ……」
掠れる声で言うと、彼女は小声で「ありがと」と言った。
─……君が願うことなら、なんでも叶えてやる。
前の生で、彼女にそう伝えた時があった。
彼女は本来の妃に求められるもの、それら全てを拒んだ。
そして、求めてはいけない『皇帝の愛』を求めた。
だから、何か与えてやりたかった。
本来ならば、自由に飛び回る彼女を、どんな手を使ってでも、自分の元に留めておきたかった。
けど、彼女は神狼の思惑を分かっているのか、それとも知らないのか分からないが、ただ、『あなたがいれば何もいらない』と、戯曲においても浮ついた台詞とされる言葉で、幸せそうに笑っていた。


