「─はい、琳。お待たせ」
「わ〜!いただきます!」
美味しそうな冷麺。おばちゃんの特製。
毎日、無償で父の真似事を、薬師をする琳麗を案じたおばちゃんは意地でも薬代を受け取らない琳麗に、交換条件として、無償の食事提供を言い出した。
申し訳ないから、と、何度断っても、父に救われた経験とか、昔、遼家に仕えていた時の恩義とか言い出して、引いてくれなかったので、素直にお言葉に甘えている。
「世が世なら、琳も─……」
「あ、おばちゃん、それはだめだよ」
琳、という呼び名も、自分が上の人間だと思いたくなかった琳麗がお願いした。
お嬢様を呼び捨てをするなんて、と、すごく拒絶されたが、没落した遼家のお嬢様なんて、平民と一緒。
それに、両親も兄も元々、権力に固執するような人間ではなかったから、琳麗の選択を責めることはない。
琳麗が制止を告げると、おばちゃんは申し訳なさそうな顔で、「でも」と、言う。
「─……この国に、未来なんてなかった。今が最善。皆が生きているなら、幸せでいてくれるなら、私は自分がお嬢様じゃなくたってどうでもいいわ」
元々、名家の御令嬢なんて柄じゃなかった。
幼い頃から走り回るのが大好きで、薬草採取が、父のする研究が大好きで、普通の名家のお嬢様のような生活は決して出来ない、そんな性格だった。
亡き父はそんな琳麗の頭を撫でながら、『琳はお祖母様の自由で、好奇心旺盛なところが似たんだね』と笑っていたことを覚えている。
どこまでも自由で、心が赴くままに飛び出していっていたというお祖母様は高貴な家の出にもかかわらず、真っ直ぐにお祖父様を愛し、どこまでも自分の心に正直だった人らしい。
琳麗は会ったことがないけれど、父がそう言うのなら、そうなのだろうと、幼心に思った記憶がある。
「誰かに傅かれる生活なんて、興味が無いの。私は自分がやりたいことをして、やりたいように生きる。元々、そういう人間だもの」
─……遼琳麗には、大きな秘密がある。
誰にも話したことがない、亡くなった両親と居なくなった兄しか知らない秘密。
お祖母様に似ている? ─そんなわけないのだ。
だって自分は、彼女と血の繋がりなんてないのだから。
「ご馳走様さま!」
琳麗はまだ心配そうなおばちゃんのそばに行き、ぎゅっ、と、彼女を抱き締めた。
「私、本当に幸せだよ。だから、そんな顔しないで」
「でもっ」
「最後に、おばちゃんの冷麺が食べられて嬉しかったよ〜」
「っ、琳麗、さま……」
「なんて、ちゃんと帰ってくるつもりだけどさ」
泣きじゃくるおばちゃんは、ずっと我慢してくれていたんだろう。─笑って、何事もない日常を、って。
「ちょっと、逃げてくるね」
─何から?それは、迫り来る魔の手から。
「すぐ帰ってくるから」
─……その日、遼琳麗は龍華町から、姿を消した。

