虐げられ雨女の令嬢は、隣国の晴れ男の陛下に溺愛される

 レイニルを乗せた馬車はアメリア国の城下町を抜けて王城へと辿り着いた。
 馬車から降りようとしてレイニルが座席を立つが、先に外の様子を覗いたヴェルクが意味深に笑いかけてきた。

「さすがレイニル様ですね。どうぞご覧ください」

 ヴェルクが手招きをしたので、レイニルはキャビンの出入り口から外の様子を見てみる。
 夕方でもないのに外は薄暗く、地面を叩きつける激しいシャワーの雨音が一気に鼓膜を振動させる。

「雨……!」

 いつの間に降り出したのか、すでに大雨になっている。サンディ国を出発した時は快晴だったが、それほどの距離もないし時間も経っていない。
 雨女の能力は母国以外では発揮されないのか、それともシャインの晴れ男の能力の強さなのだろうか。

「行きましょう、レイニル様」

 ヴェルクに手渡された傘を広げると、レイニルは馬車を降りる。
 大雨で霞んだ視界の中であっても、アメリアの王城はサンディ国よりも煌びやかで大きいという印象を受けた。
 さすが水の商売で富を得た国だけある。雨の中の王城は、まさにその富の象徴であった。

 しかし正門から中には入らずに、ヴェルクは城壁の内側を辿って奥の方へと進んでいく。

「あの、ヴェルク様……どちらへ?」
「ついてきて下さい」

 レイニルはヴェルクの背中を追いかけるしかないが、次第と不穏な空気を感じ取る。おそらく城の裏側に向かって歩いている。
 そして経験上、レイニルはそこに何があるか分かってしまう。それは実家のクラウディ家の屋敷と同じだったから。
 そして予想通り、裏口付近の地面に地下へと通じる階段があった。その周囲には二人の兵が待ち構えていた。

「ここ……地下牢ですよね?」

 レイニルが震える声でヴェルクの方を向いて確認するが、彼は無表情のままで冷淡に言い放つ。

「今日からここが、あなた様の居場所です」

 その言葉の意味を理解するよりも先に、二人の兵が左右から挟む形でレイニルの両腕を拘束した。
 レイニルの手から傘が落ちて、頭上から激しい雨が襲いかかる。




 日が暮れ始めた頃、雲1つないサンディ国では1日の仕事を終えたシャインが城の渡り廊下を早足で歩き回っている。
 歩きながら、ふと中庭に目を向けると、花壇の前に立つ長い金髪の女性の後ろ姿を見付けた。
 シャインは笑顔になり思わず叫ぶ。

「そこにいたのか!!」

 中庭に出たシャインはレイニルを後ろから抱きしめる勢いで接近するが、その寸前でレイニルが振り向いた。
 ……いや、その女性はレイニルではなかった。

「……シャイン様。私に何か御用ですの?」

 ローサは愛想よく微笑みかけるが、シャインは抱きしめようとして伸ばした両手を慌てて引っこめた。
 シャインでさえ見間違えるほどに、レイニルとローサは後ろ姿まで似ている。

「あ、いや……レイニルはどこにいるか知っているか?」

 普段は明るいシャインだが、さすがにバツが悪そうな顔をして問いかける。
 そんな顔をされた意味もローサにはバレバレで、こんな時でもシャインが一途にレイニルを追いかけるのが気に食わない。

(シャイン様は、なぜ役立たずのレイニルなんかに……)

 ローサは自分の美貌に絶対の自信を持っている。容姿が似ている妹のレイニルすら相手にしていない。
 実際、クラウディ家の血筋の女性は絶世の美女だと評判になっているが、それはアメリア国内での話。

(私がシャイン様を落としてみせますわ)

 それは妹に対する屈辱よりも何よりも、女としてのプライドと意地。婚約者のヘリオスも色男だが所詮は王弟。
 ローサは国王であるシャインを落とす事でレイニルを蹴落としたい。そして優位に立ちたい欲があった。結局は家のためではなく自己満足でしかない。

「……妹はアメリア国に帰りましたわ」

 ローサは清々しい笑顔と口調で真実のままを述べた。嘘は言っていない。
 ローサはヴェルクとも繋がっている。レイニルが今日、ヴェルクによってアメリア国へと帰国させられる事は知っていた。

「……は? 何を言っている?」
「シャイン様の妃には相応しくないと、自主的にお帰りになりましたの」

 シャインは、すぐにはそれを信じようとしなかった。喧嘩もしていないのに妻が『実家に帰らせて頂きます』みたいな行動を本当に起こすのだろうかと。
 だが、ローサの表情を見て嘘ではないと感じ取ると急に顔色が変わる。まさかレイニルが、そこまで思い詰めていたのかと。
 こうなれば、あとはローサの思惑通りだった。

「ローサ嬢。それは本当なのか?」

 シャインの声が重く低くなる。いつの間にか快晴だった空は暗雲に覆われていて視界は暗くなっている。
 もったいぶるようにローサが答えずにいると、やがて頭上からポツポツと水の雫が落ちてきて二人の髪や服を濡らす。
 シャインとローサは同時に辺りを見回し、それが雨であると認識した。
 何かを考えるよりも早く雨は激しさを増してきたので、シャインは咄嗟にローサの片腕を掴んだ。

「濡れるぞ、来い!」
「は……はい!」

 シャインに強引に手を引かれて走り出したローサだが、息切れとは別の意味で動悸が激しくなっていく。
 自分の腕を掴んだシャインの手は逞しく力強くて、こんな風に遠慮なく自分に触れてくる男性は初めてで戸惑う。
 中庭から城の渡り廊下へと上がって、二人は改めて雨の景色を呆然と眺める。先に口を開いたのはシャイン。

「雨が降った……が、レイニルは……」

 ローサの言う事が本当ならば、レイニルは今はもうサンディ国内にいない。だとしたら、この雨はレイニルの能力とは関係ない。
 雨女がいなくなると同時に雨が降り出すという皮肉を、シャインはどう受け止めていいのか分からない。
 本来ならば、契約結婚から30日以内に雨が降った事で勝負はレイニルの勝ちなのに、喜ぶべき勝者がここにいない。
 しかし、この状況をローサはチャンスだと捉えた。

「妹はもうサンディ国にはおりません。お調べになれば分かる事ですわ。それに……」

 ローサはレイニルと同じ青空のようなブルーの瞳で妖艶に微笑む。どんな顔をすれば男性が落ちるかなんて知り尽くしている。

「実は私が雨女ですの」

 その言葉を聞いたシャインの金色の瞳が見開かれる。
 ローサは、このタイミングでの雨を利用して、レイニルの妃という地位を奪い取ろうとしていた。