虐げられ雨女の令嬢は、隣国の晴れ男の陛下に溺愛される

 水を調達するために軍隊の馬車を貯水池に向かわせて、シャインとヒナタと少数の兵はアメリアの王城の前に残る。
 城門の前では未だにシャインとヴェルクが立ち話の状態だが、むしろ本題はここから。

「さて、ヴェルク殿。レイニルはどこにいる?」
「そ、それは……」

 言えるはずがない。地下牢に幽閉したと言えばシャインの怒りを買う。だがヴェルクの無言こそがシャインの怒りを煽る行為である。
 ヴェルクは逃げるようにして後ずさるが、シャインは前に一歩一歩と進んで追い詰める。
 やがてヴェルクは城を囲むように植えられた樹木に背中が当たり、逃げ道を塞がれる形になった。
 しかしヒナタは目の前の修羅場よりも、空の様子が気になって落ち着かない。快晴なのに雨粒の冷たさを肌に感じる。

(天気雨? それに雷の音も大きくなってきている)

 シャインの怒りとレイニルの嫉妬に同調して混ざり合った気象は、不安定かつ不穏で混沌としてくる。
 今は雷の音さえ耳に入らないヴェルクは、ようやく真実をシャインに告げる。

「レイニル様は地下牢におります……」
「なんだと?」

 シャインの灼熱の瞳は見開かれて、背中に木が当たり逃げ道のないヴェルクの胸ぐらを両手で掴みあげる。

「お前、この状況でレイニルを地下に置いたのか!? 豪雨ならば浸水する事くらい分からんのか!?」
「……! それは盲点でした……」

 シャインの怒りは地下牢に幽閉した理由よりも、レイニルの命を脅かす行為に対してだった。
 ヴェルクにしてみれば、豪雨を止ませたいからこそレイニルを地下に幽閉した。結局は自分主体の考えでありレイニルを守ろうとはしない。
 我を忘れたシャインは、掴んだ胸ぐらを引き寄せてからヴェルクの背中を一気に後ろの木の幹に叩きつける。

「ぐっ……!」
「……もういい、引き下がれ。お前にレイニルを愛する資格はない」

 威圧に負けたヴェルクは、木に密着した背中をずるずると落として地面へと崩れ落ちた。
 シャインは背を向けて歩き出す。ヴェルクもすぐに立ち上り、後を追おうとして木から少し離れた時だった。
 一際大きな稲光が周囲の背景を一瞬だけ眩しく照らす。その直後には頭上から降った轟音と衝撃が背後の木の頂点に直撃した。
 反射的にシャインが振り返ると、落雷で折れた木の幹が自分と後方を歩くヴェルクに向かって倒れてくる。
 シャインは瞬時に体を地面に転がして横に避けたが、軍人ではない王子のヴェルクは瞬発的に動けない。

「……!! ヴェルク殿っ!!」

 シャインが体勢を立て直したところで間に合わない。そう思った時、横から疾風のように駆け込んできた赤髪の軍人がヴェルクに突進していく。
 それはヒナタで、ヴェルクの体を突き飛ばす勢いで木の幹を横に避けると地面に倒れこんだ。木はそのまま地面に倒れたが誰も巻き込まなかった。
 ヴェルクは地面に手をついて上半身を起こすと、ようやく自分を救ったヒナタの姿を認識した。

「あなたは……!!」
「サンディ国軍、副隊長・ヒナタです……お怪我はありませんか」
「あなたが怪我をしているではないですか!」

 ヒナタはヴェルクを自らの体で守りながら地面に倒れた。受け身の体勢であったものの、足から腰にかけてを強く地面に打ち付けた。
 黒い軍服は所々が破けていて、露出した肌の擦り傷からは少量の出血、さらに打撲の心配もある。それでもヒナタは腰を上げてシャインを見上げる。

「私は大丈夫です。シャイン様、レイニル様の所へ急いでください」
「……うむ。ヴェルク殿、ヒナタの救護を頼む。ヒナタ、無理はするなよ」

 シャインは二人を残して駆け出す。城門を通って中庭へ踏み込むと城壁を辿るようにして奥へと進んでいく。
 足が水溜りを踏む度に雨水が跳ね、泥沼のような地面はぬかるんで走りにくいが、シャインの目は足元ではなく前だけを向いている。


 地下牢では、牢の中のレイニルと牢の外のステラが話を続けていたが、ふと耳を澄ますと誰かが階段を下ってくる足音がする。
 レイニルは目を閉じて耳を澄ます。ここに来るのは見張りの兵かヴェルクの可能性もある。その足音は力強く焦るように急いでいる事が分かる。

「シャインよ。シャインが来てくれた」

 それを聞いたステラは急いで壁のフックから牢の鍵を取って手に持つ。やがて薄暗い通路の奥から軍服を着た男の姿と足音が近付いてくる。
 シャインはステラの姿を目印にして足を止める。牢の中を確認すると鉄格子を握りしめるレイニルの両手の上に自身の両手を重ねて握る。

「レイニル、無事か!!」
「うん。シャイン、待ってた……!」

 雨女の青い瞳と、晴れ男の太陽の瞳がようやく同じ世界で交差する。ステラはすかさず牢の鍵をシャインに差し出す。

「シャイン様、これを」
「うむ、感謝する」

 シャインの感謝の言葉には、アメリア国でレイニルの唯一の味方であったステラへの感謝の意が込められている。
 鍵を使って牢の扉を開けると、シャインは両手を大きく広げてレイニルが飛び込んでくるのを待つ。

「さあ来い、レイニル」

 レイニルは目に涙を溜めて頷く。出会った頃と同じように、暗い地下牢から救い出してくれるのはいつもシャイン。
 暗い地下牢と雨しか知らなかった雨女に、明るい日差しを差し込んでくれる太陽の人。

「シャイ……」

 そう言ってシャインの胸に飛び込もうとしたレイニルの口と体が止まった。
 シャインは笑顔で待ち構えているのだが、その逞しい胸を見ると先ほどのステラの話を思い出してフツフツとした怒りが湧き起こってくる。
 レイニルの純水のような澄んだ心は、嫉妬という歪んだ愛で濁ってしまったのかもしれない。こんな時でも素直に喜べなくなってしまった。

「どうした、レイニル?」
「シャイン……さっき抱きしめた赤い髪の女の人って誰ですか?」
「……は?」

 今度はシャインが硬直した。レイニルの表情と瞳は冷たく口調も淡々としていて氷水のようだ。
 シャインが動揺したのは図星だからではない。なぜレイニルがそれを知っているのかという驚きによるものだった。

「どうしてそれを……そうか、さっきの雷はレイニルの怒りだったのか!」
「何の事ですか? 話を逸らさないでください」

 嫉妬という愛を覚えたレイニルはシャインを脅かすほどに恐ろしい能力を身に付けていた。

「悪かった、レイニル! 許してくれ!」
「今度は許しません」

 感動の再会とはならずに、とりあえずシャインは抱き合う前に何度も謝るのであった。
 そんな二人を微笑ましく見守るステラの目尻には涙が光っていた。

 だが、レイニルとシャインはまだ外の景色に気付いていない。雨が上がった後の空には何が生まれるのかを。
 地上の空では、アメリア国とシャイン国を繋げる架け橋のように大きな虹が架かっていた。
 地下からの階段を上って地上に出たレイニルとシャインは、空を見上げて同時に感動の声を漏らす。

「わぁ、きれい……」
「ほぅ、これは見事だ」

 それは雨女レイニルと晴れ男シャインの二人を出迎えるアーチとなって、雨上がりの晴天を七色に彩っている。