虐げられ雨女の令嬢は、隣国の晴れ男の陛下に溺愛される

 シャインの軍隊はアメリア国の国境を難なく通過した。圧倒的軍勢を見た国境の警備兵は黙って通すしかなかった。
 完全に軍隊の襲撃だと勘違いされているがシャインは止まらない。

「なんだ、豪雨と聞いていたが晴れているではないか」

 シャインは馬を御しながら空を仰ぐが、今は日が差している。暗い雨雲がシャインを避けるかのように青空の円を拡大させながら移動している。
 すぐ後ろを歩く馬上のヒナタは、威風堂々としたシャインの背中を見ているだけで眩しくて惚れ惚れとする。

(シャイン様は、まるで太陽の化身のようなお方)

 そのまま城下町の道路を堂々と突き進み、王城の城門の手前で止まる。見張りの兵が驚き慄くが、馬から降りたシャインが紳士的に挨拶をする。

「驚かせてすまない。ヴェルク殿に取り次いでほしい。サンディ国のシャインが水の取り引きに来たとな」

 シャインの目的は、あくまで水の調達。そしてレイニルを取り返すためにもヴェルクに掛け合うのは必須であった。
 数分後、ヴェルクが城門の外に出てきたが、驚くべき数々の光景に珍しく冷静さを欠いている様子でいる。まずは空模様について。

「これは……晴れている……」

 ヴェルクは眩しい日差しに黒い瞳を細める。災害級の大雨が嘘のような晴天に変わっている。次に目の前のシャインと軍勢を見て、今度は目を丸くする。

「シャイン様、これは何事で……討ち入りですか」
「ん? あぁ、違うぞ。水を受け取りに来た」

 訳が分からないヴェルクは怪訝な顔をしつつも改めてシャインの姿を確認する。国王だった頃と違うのは黒い軍服を着ているという事だけ。

「そのような話は聞いておりませんが。サンディ国王であるヘリオス様の勅令でなければ……」
「その事だけどな。ついさっきオレが王位を取り戻した」
「……は?」

 ヴェルクは言葉が続かなくなった。それはシャインの冗談には聞こえない。冗談は言うが嘘を言わない男なのは知っている。
 シャインを捕らえて強制送還させたヴェルクとしては、王子としても商売人の立場としても元の関係を築くのは不可能に近い。そしてレイニルとの結婚も。
 戸惑いから苦悶の表情に変わるヴェルクの心さえもシャインは見通している。

「あぁ、そんなに心配するな。水とレイニルさえ渡せば、オレはヴェルク殿と仲良くするぞ」
「仲良く、ですか……」

 太陽のような笑顔で放つシャインの言葉は、脅迫なのか寛大なのか全く心が読めない。駆け引きという名の取り引きはすでに始まっている。
 シャインは振り返ると、自分が引き連れてきた軍隊と荷台の樽をヴェルクに指し示すようにして見せる。

「さぁ、この樽、全部に水を入れて……ん?」

 軍隊の先頭に立つ副隊長のヒナタの様子がおかしい。不安げに顔を俯かせて自分の体を両腕で抱きしめている。
 体調でも悪いのかと思ったシャインがヒナタの前に寄って顔色を確認する。

「どうした、ヒナタ。大丈夫か?」
「あ、はい、すみません。私、雷だけは苦手で……」
「ん? 雷?」

 空を見上げると、遠くに流れて溜まった灰色の雲から稲光が走っているのが見えた。耳を澄ませば確かに雷鳴が聞こえてくる。
 今いる場所は晴れだが、豪雨から快晴へと急激な天候の変化から積乱雲が発達したと思われる。
 一際大きな雷鳴が轟いた時、ヒナタは思わず両手で耳を塞いで目の前のシャインの胸に飛び込んでしまう。

「きゃあっ!!」
「あっはっは。ヒナタには意外な弱点があるのだな。いいぞ、いつでもオレの胸を貸してやる」

 どこまでが冗談なのか、シャインは笑いながらヒナタの背中を両腕で抱きしめる。
 しかし軍隊の隊長だったヒナタが雷を怖がるだなんて、そのギャップは可愛いとさえ感じる。今は戦ではないので怖がる事に問題はない。
 その時、城門の影に隠れてその様子を見ていた中年の女性がいた。彼女は城壁内へと戻ると中庭を走って城の裏側へと向かう。


 地下牢のレイニルは浸水の絶望から一転、床に溢れていた水が引いた事により死への恐怖は薄れていった。

(雨音も聞こえなくなった。雨が止んだの? もしかして……)

 地上の様子は見えないが、雨が止んだ理由と可能性を考えると、あの人の顔しか思い浮かばない。
 レイニルが淡い希望を抱き始めていると、期待に応えるようなタイミングで誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。

(もしかして、シャイン!?)

 両手で鉄格子を握りしめながら暗闇の先に目を凝らす。やがて小走りの足音が近付いてくると、その人物の姿が映し出される。
 それはレイニルが実家にいた頃からの唯一の味方、メイドのステラだった。

「ステラさん!?」
「レイニル様、遅くなって申し訳ありません。ご無事で良かったです。お待ちください、牢の鍵を開けますね」

 幸い、今は見張りの兵はいない。ステラは周囲を見回して、壁に刺さったフックに牢屋の鍵が下げられているのを見付けた。
 それを取りに行こうとするステラの背中に向かって牢の中のレイニルは叫ぶ。

「ステラさん、待って! 開けないで!」
「え? ですが、ここは危険です。いつ浸水するか……」

 ステラは不安げに振り返るが、レイニルは何かを諦めた訳ではない。むしろ希望に満ちた瞳で微笑んでいる。
 許可もなく牢の鍵を開ければステラが罪に問われてしまうのと、理由はもう1つ。

「大丈夫、もう雨は降らないから。きっとシャインが来てくれたのよ。だから私はここでシャインを待ってる」

 レイニルは、出会った時のようにシャインが地下牢に来て地上へと連れ出してくれる事を望んでいる。それは絶対的な信頼であり願望でもある。
 雨女と晴れ男は決して離れられない。たとえ離れても引き合い、惹き合う運命なのだと信じている。
 レイニルの笑顔を見て安心したステラは静かに体を反転させてレイニルの前へと戻る。

「そうなのです、シャイン様はもう城門の前まで来ていましたよ」
「そうなのね、やっぱり! でも来て大丈夫なのかしら?」

 よく考えたら、王ではなくなったシャインはアメリアの王城に簡単には行けない。ヘリオスは許してもヴェルクが許さないだろう。
 そう考えた時にシャインの独断で来ているのだと推測した。無茶をするところは彼らしいが、また不法滞在の罪を重ねてしまいそうだ。
 さらに続くステラの証言がその不安を煽っていく。

「なぜかシャイン様の後ろには大勢の軍隊がいました」
「え、シャイン……何やってるの……」
「軍服を着たシャイン様は、軍人の赤髪の女性を抱きしめておられて……あ」

 ステラはつい口が滑って余計な事まで口走ってしまった。慌てて口元を手で隠すが、もう遅い。
 レイニルは瞬きもせずに真っ直ぐどこかを見つめて黙っている。その顔は悲しみでも戸惑いでもない。静かなる怒りだ。
 サンディ国の赤髪の女性で思い当たる人物なんていない。今度は酒に酔っていたという言い訳なんて通用しない。

「……シャイン。な、に、やってる、の……」

 同じセリフでも直前のものとはニュアンスも気迫も声質も違う。鉄格子をへし折りそうな勢いでギリギリと握りしめる。
 今までのレイニルならショックを受けて落ち込むだろうが、今は愛のレベルが違う。行き場のない愛は嫉妬へと昇華される。