虐げられ雨女の令嬢は、隣国の晴れ男の陛下に溺愛される

 シャインが連れてこられたこの部屋はヘリオスとローサの宿泊部屋だが、泥酔しているシャインはそれに気付かない。
 全てはヘリオスとローサの仕組んだ流れの通りだった。
 ベッドの上でシャインに組み敷かれたローサは期待に胸が高鳴る。

「本当にお前は可愛いな……抱いてやるぞ」

 酔っているとはいえ、シャインは恍惚とした顔でローサの頬を指先で撫でる。その視点も合ってはいないが、それは夢見心地のローサも同じ。

(シャイン様、やはりレイニルよりも私を抱きたいのですわね……当然ですわ)

 自分の美貌に絶対に自信を持っているローサは、シャインが自分に傾くのは当然だと思っている。その優越感から笑みが溢れる。
 このままシャインと体を重ねてしまえば、レイニルを王妃の座から蹴落とすなんて簡単だろう。
 レイニルはヘリオスが落とす。その後は結婚でも何でもすればいい。王弟でしかないヘリオスの結婚相手はレイニルで充分だ。

(ヘリオス……)

 その名と彼の顔を思い出した瞬間に、ローサの心で複雑な感情となって心を締めつける。罪悪感とは違うその痛みが何なのか分からない。
 ハッと意識と視点が現実に戻ると、目の前には愛しいシャインの美しい金の瞳が迫っていた。

「レイニル……愛しているぞ」
「…………!」

(え? レイニル……?)

 ローサはこの時、初めて自分がレイニルだと思われている事に気付いた。シャインが見ているのはローサではない。
 酔っているシャインが口走る言葉は紛れもなく本心だろう。ローサに言い寄る男は多くいたが、きっと心から愛してると言われた事など一度もない。
 それはローサの『容姿』が美しすぎる故だった。誰もローサの心までは愛さなかった。それはきっとヘリオスにも言えるだろう。

(……屈辱ですわ)

 シャインは、レイニルの心を愛したのだと気付いた瞬間に敗北感に襲われる。
 ……それに、別の女と勘違いされたままで一夜を過ごすなんて、ローサのプライドが許さない。

「シャイン様、私はレイニルでは……」

 ローサが現実を認めて自分の本当の名前を名乗ろうとしたが、その続きはシャインによって封じられてしまった。
 シャインの熱い口付けがローサの身も心も溶かしていく。



 ヘリオスが宴会場のテーブルに戻ると、レイニルと向かい合って一対一の形で食事をする形になる。
 ヘリオスはレイニルを連れ出して二人きりになり、口説くタイミングを見計らっている。しかしレイニルはシャインとローサの事が心配で食事を楽しむ事ができない。
 何かを思い付いたレイニルはスタッフの女性を呼ぶと、新しいお皿を受け取る。そしてテーブルの上の料理をお皿に乗せ始めた。

「レイニルちゃん、何してんだ?」
「お姉様の部屋に持って行こうと思って。せっかくのお料理ですから」

 酔いつぶれているシャインには無理だろうが、のぼせているだけのローサなら食べられると思った。
 そんなレイニルの優しさにヘリオスは邪念さえも浄化される勢いで感動を覚える……が、ふと思った。

(ん? ローサちゃんは部屋で今、兄貴と……)

 計画通りなら今頃、あの部屋ではローサが酔ったシャインを相手に色仕掛けをしているはず。上手くいったなら今は『最中』の可能性がある。
 それをレイニルに目撃させるのは残酷だが、自己中心的なヘリオスはそれを逆にチャンスだと捉えてしまった。
 何も知らないレイニルは、料理の皿をトレーに乗せて持つと席を立つ。

「私、ちょっとお姉様の部屋まで届けてきますね」

 そんなレイニルを引き止めもせずに、ヘリオスは笑顔で頷いて返した。
 しかしレイニルの背中を見送った後に、すぐに笑顔は消えた。それが罪悪感なのか別の感情なのか、ヘリオスは自分でも分からない。

 レイニルは両手でトレーを持って廊下を歩いてローサのいる宿泊部屋へと向かう。
 ここでもレイニルの地下牢育ちゆえの常識のなさが災いする。ドアをノックしてから部屋に入るという事を未だに知らない。
 部屋の前に着くとドアのレバーハンドルを片手で握る。そして躊躇いもなく部屋の中に入った。

「ローサお姉様、お食事を……」

 そう言って部屋に踏み入れたレイニルの足が止まる。広くはない部屋の先にあるベッドはすぐに視界に入る。
 そのベッドの上に乗った大きな背中とオレンジの髪……それは間違いなくシャインの後ろ姿。
 なぜシャインがこの部屋にいるのか、という疑問よりも早く衝撃の状況を目にしてしまった。

「…………っ!!」

 レイニルの手からトレーが落ちる。足元に落下した皿が割れて料理が床に散らばる。
 それでもレイニルの思考は動かない。時が、呼吸が、心臓さえも止まってしまったかのように。

 シャインとローサが、ベッドの上で抱き合って口付けをしていた。

 大きな音がしたのに気付きもしないのか、背中を向けているシャインはレイニルの方を振り向きもしない。
 先に気付いたローサが目を見開いてシャインの体を押し退ける。レイニルがこの部屋に来るなんて、ヘリオスとの計画にはなかったので純粋に驚いた。
 だがレイニルにとってローサの反応は、浮気を見られて驚いたかのような反応に見えてしまった。

「ちょっ……レイニル!?」

 ローサが叫んだ事で、シャインもようやく気付いたのか後ろを振り返る。
 ……しかし、そこにはもうレイニルの姿はなかった。