誰も愛さない天才王の覚醒 〜俺が新・王? 両親が命懸けで守ってくれた国なので、十人の最強の寵妃と完璧に経営してみせます〜

王宮の深奥、王の寝所は重苦しい死の気配に満たされていた。

分厚い天鵞絨(ビロード)の帳の向こうで、クインテラ王国を治め続けた英傑、レオンハルトが床に伏している。

かつて後宮の泥沼の権力闘争を冷徹に生き抜き、最愛の妻エレナのために古代からの不条理な法すらも打ち破った王の姿は、いまや痩せこけ、息も絶え絶えであった。

深夜。人目を忍ぶようにして、15歳のアルフレッドが枕元へ呼ばれた。

「……アルフレッドか」

擦れた声が静寂を揺らす。

レオンハルトがゆっくりと眼を開けた。

その瞳からはかつての鋭さが失われつつあったが、我が子を見つめる眼光だけは、確かな光を宿している。

「父上。声を出すのはお控えください。医官は……」

「よい。……医官の言葉など、余が一番よく知っている。刻が来ているのだ」

レオンハルトは力なく首を振ると、骨ばった手でアルフレッドの袖を掴んだ。

弱々しい、しかし拒絶を許さない力強さ。

「アルフレッド……余の命はもう保たん。余が逝けば、ハミルトン公ら保守派の貴族どもが一斉に牙を剥く。お前が未熟だと侮り、平民の血を引くお前とエレナを王宮から排除しようとするだろう」

「……分かっております。奴らの企みなど、すでに折り込み済みです。私に考えがあります」

アルフレッドの答えはどこまでも冷ややかだった。

感情を排し、ただ盤上の駒を動かすかのような冷徹さ。

レオンハルトはその眼差しを見て、切なげに目を細めた。

「お前は……余とエレナの姿を見て、愛を恐れるようになったな」

「っ!」

アルフレッドの眉が微かに跳ねた。

レオンハルトは自嘲気味に息を吐く。

「余はエレナを心から愛した。彼女を正妃とし、一生の誓いを立てた。だが……その『愛』という純粋な感情ゆえに、余は隙を見せ、貴族たちに隙を与え、結果として国を揺るがし、エレナと貴様を今日まで危険に晒し続けた」

「父上……」

「お前の言う通りだ、アルフレッド。政治の場において、特定の誰かを深く愛することは『最大の弱点』となる。余の貫いた愛は、お前にとって残酷な『呪縛』となってしまったのだな」

レオンハルトは掴んでいた袖を離し、天井を仰いだ。その目から、一筋の涙が頬を伝う。

「だが、アルフレッド……余はエレナを愛したことを、ただの一度も後悔したことはない。彼女と出会い、共にあれたからこそ、余は冷血な王ではなく、ひとりの人間として生きることができた」

レオンハルトは息を整えると、青ざめた王子の瞳を真っ直ぐに見据えた。

「王として命令する。お前はお前なりの方法で……この国を守れ。そして、母上を守るのだ。余の真似をする必要はない。お前が正しいと思う道を行け」

「……御意」

アルフレッドは深く深く頭を下げた。

胸の奥が焼き切れるように熱かったが、その涙を父に見せることだけは断じて拒んだ。

「立ち去れ……エレナを……呼んでくれ……」

それが、父子の最後の会話となった。



数日後。

クインテラ王国中に悲報が駆け巡った。

偉大なる国王レオンハルトの崩御――。

重厚な鐘の音が王都に響き渡り、空はまるで王の死を悼むかのように低い暗雲で覆われた。

王宮全体が深い悲しみと絶望に包まれる中、レオンハルトの亡骸の傍らで、大太后となったエレナは声もなく泣き崩れていた。

しかし、その悲しみに浸る時間すら、残酷な現実は許してくれない。

葬儀の準備が進む王宮の片隅で、貴族たちの醜い囁き声が波のように広がっていた。

「先王はお隠れになった……」

「これで、あの平民上がりの王妃を庇う者は誰もいなくなったぞ」

「新王アルフレッドはまだ15の若造だ。いまこそ、我らの手を差し伸べ(コントロールし)、王家の血を塗り替える時――!」

亡き父の冷たくなった手をそっと握りしめ、アルフレッドは静かに立ち上がった。

悲しみは、すでに凍りついていた。

その胸に残されたのは、父から託された最後の遺言と、みずからに掛けた冷徹な誓いだけだった。

(父上……あなたの愛の時代は終わりました。これからは、私のやり方で……この国と母上を守ってみせる)

氷の王子の瞳に、黒々とした決意の炎が宿った。