深呼吸をして、被服室のドアを開ける。
部員たちは、文化祭で披露する衣装の製作に没頭している。
「あ、あの……みんな、ちょっと手を休めて聞いてくれるかしら?」
「何だい、ラナ先生?」
教室の真ん中にある大テーブルに四人の部員を集める。
ホッチキスで止めたコピー用紙を一人一人に配る。
「10月の文化祭なんだけど、熊鹿(くましか)町と高校とで、合同開催することになりました」
「ラナちゃん先生、それってどういうこと?」
私が顧問を務める被服部の部長、リョウの質問だ。マッシュショートヘアから覗くおでこが可愛い。
「町で計画している催しと、文化祭の出し物を同じ日に一緒にやっちゃおう、ていうことなの」
「なして?」
ルカ副部長からの当然の質問。ハンサムショートから射すように覗く瞳にビビる。正直この子、ちょっと苦手だ。オレっ子だし……
「……みんなも知ってるかもだけど、わが熊鹿町は『消滅可能性都市』のリストに入っています。消滅可能性都市とは、少子化や人口流出に歯止めがかからず、将来、消滅する可能性がある自治体のこと。うちの町はその程度がハンパじゃないらしくて、早急な対策が必要で……」
「ココって『都市』だべか?……そんで?」
ポニテをお団子にしたレイが目をぱちくりさせた。
「わが熊鹿高校も町おこしに協力しようってことになったの」
「えーと、具体的に何をするんでしょうか?」
リボンハーフアップの会計係、ロマンが眼鏡をいじって、私が手渡した資料をめくり始める。
『ジビエ喰ってシャウト!くましかフェス2024』
否が応でも、資料に書いてあるタイトルが目につく。
「はあ?」「なんじゃこりゃ!」「シャウト!?」「あのー……」
四人の反応はまちまちだが、戸惑いは隠さない。
「大ざっぱに言うと、この町って、熊肉と鹿肉がいっぱい獲れるでしょ……だからイベント当日、それを食べてもらって、好きなことを絶叫してもらって、大声コンテストをやろうっていう計画です」
スマホでポチポチ検索していたロマンが、画面をこちら向けた。
「……あの、九州の方で『牛喰い絶叫大会』というのがあるようですが、似てません?」
「パクリか? それはあずましくねえな」とルカ。
「いえいえ、パクリとかじゃなくて、インスパイアとか、オマージュって言葉あるでしょ? 札幌のよさこいソーランの原型は、高知のよさこい祭りだけど、もう立派なご当地のイベントになってるし、阿波踊りだって……」
私は苦し紛れの言い訳をする。
「ラナちゃん先生、それはいいとして、わたしたちは何をすればいいんですか?」とリョウ部長。
「そうそう、ボクたちは、文化祭でファッションショーをやるために衣装を作ってるんだけど」
レイが作りかけの衣装を振って見せる。
「その資料の中ほどにも書いてありますが……ファッションショーは予定通り、あなたたちがモデルとなってステージに立ってもらいます。場所は、町のイベント広場に変更になるけど」
熊鹿町役場の西側に小さいながらもショッピングモールが隣接しており、そこにイベント広場がある。広場からは、『見晴らし山展望台』に向かって坂道が続き、その途中に町立熊鹿高校と中学校、近くに町営の温泉浴場がある。
「なんだ、結局オレたちのやることは変わらねーんだべ」ルカがバサッと資料をテーブルに置く。
「その、あの……四人には、『ジビエを食って絶叫コンテスト』にも参加して欲しいの……ファッションショーの衣装のままで」
「なにー!」「ワヤやわ!」「みったくない」「恥ずかしすぎます……」
……ここは何とか説得しなくちゃ。
「熊鹿町の将来は、あなたたちにかかっています……と思います」
「それ、なまら大げさすぎじゃね?」
ルカは否定的だ。やっぱ、目つきが怖い。この子と話してると、私のヨワヨワ度が増幅する。
「え、えと、このイベントの目的は、もちろん文化祭の一環だから、学校生活の成果を発揮する場なんだけど、それを町おこしにも活かしてほしいの……今、各地で熊による被害が起きていて、野生動物との共存って問題になっているでしょう? そんな中、わが熊鹿町は、『ワイルドライルフ・マネジメント』、つまり動物の個体数の維持や調整がうまくいってるので、それを売りに町起こしをしたいの。今回、テレビや新聞の取材も呼ぶし、町の公式チャンネルから動画配信を計画してて……そうなると、絵になる話題が必要でしょ」
「ジビエ肉を食べて絶叫しても、『野生動物との共存感』はないと思うんだけどなあ……それでわたしたちに、『バエ』と『バズ』の発生源になれと?」
「リョウ部長……早い話、そういうことなの……あ、ご褒美として、わが町自慢のジビエ料理が食べ放題よ」
「それってご褒美なのかな?」レイがお腹をさする。
最近この町の周辺では、熊と鹿の出現が盛んで、時々町ナカでも目撃情報が増え、そのたびに猟友会が活躍し、熊肉と鹿肉が生産される。熊鹿町はこの食材を町おこしに利用しようと、様々なレシピが試され、熊鹿高校の給食の献立にもしょっちゅう登場する。
後は、頼みこむしかない。
「お願い! みんな協力して!」
四人の被服部員は顔を見合わせる。
「わかりました、と言いたいところですが、少しみんなで話し合わせてください」
「そ、そうよね。いい返事を待ってるわ。作業の邪魔してごめんね」
焦らず、一呼吸置こう。
私は席を立つ。
「確か、ラナちゃん先生のお父さんって、この資料に名前が載っている、熊鹿商工観光協会の会長さんじゃなかった?」
どきっ。レイからの鋭いご指摘……
「そら、いよいよあずましくねえなあ。癒着のニオイがするべ」
そんな疑惑の声を背中に受けながら、被服室を後にした。
実は、このイベントにはもう一つ目的があって、この子たちにはそれを絶対知られてはいけないのだ。



