奇跡を起こすソーダ水

 2026年12月11日、23時50分。BAR零度の地下。
 カランカラン……ゴク……ゴク……
 15年前、どうして母は幸人と凪を置いていなくなったのか。本人がいない以上真相はわからない。零度の扉を開けたお客様に『何を忘れたいの?』と聞くが、今日は自分の記憶を色々と忘れたくなっている。だが、クロエにホームレスになった母の写真を見せられ、動揺した時点で忘れていない。
「酔えない……」
 彼は酒にかなり強い体質だ。飲んで忘れたくても忘れられず、結局ウイスキーをストレートで飲んでしまう。
「ああ……!炭酸がないとやっぱダメ……!」
 シュワシュワシュワ……!
 今思えば、いつまでも自分を守ってくれたのは妹の凪だけ。時折『お兄ちゃん、私より綺麗でズルい!』と言われることはあったが、自分からも言わせてもらいたい。『凪ちゃんはアイドルとしてでなく、女の子として誰よりも綺麗よ』と。
「凪ちゃん……あっ……!?」
 それよりフリーズエレメントの破片が突き刺さってから大丈夫なのだろうか?特別に作った解毒剤を飲ませたが、あの強い毒性では治るのにも時間がかかるだろう。すると——
 プルプルプル……!
「舞衣香ちゃん?」
「幸ちゃん?ってか飲んだ?」
「飲んだぁ……!」
「そう?ならママさんの情報は明日の方がいいかしら?思ったより早くわかっちゃったけど」
「ああ待って……!聞かして聞かして……!」
「あらそう……?じゃあ——」
 舞衣香は日をまたぐ前に情報を掴んでいた。話によると、母は港区にいるようだ。写真に写っていた『余白』の看板が大きな手がかりとなった。初めて聞く喫茶店の名前だが、調べてみたら『オーナーさんが最高』、『落ち込んだときに行きたい。癒されるから』など、レビューは高評価ばかり。
「じゃあママは港区にいるってこと?でもどうして……?」
「2011年9月12日、TOKYO CELESTIA HALLで行われたライブ。あのとき栄養失調とかで倒れたらしいの。その後入院なりしたらしいんだけど、地元には帰らなかったらしいわ……」
 記憶を呼び起こしてみれば、確かに行方がわからなくなったのはその年の9月頃。だがトップアイドルたる母がどうしてホームレスに?
「単純に資金切れよ……もう14年はホームレスをしているわ……」
「何てこと……!」
 衝撃的すぎた。自分が成功した横で、母は一人寂しくホームレスをしていたということに。
「ついさっき情報が入ったんだけど、ママさんは旦那に捕まったらしいわ……つまり幸ちゃんのパパに……」
「……!?ママが……」
「問題はそれだけじゃないわ……今ママさんの行方を追っている男がいるの!これから写真送るから顔を確認しておいてね!名前は鏡幸人よ」
「……!幸人……!?何でこういうときに同じ名前なのよ……!?」
「幸ちゃんって呼びすぎて忘れていたわ……確かに幸ちゃんも幸人よね?」
 送られた写真を確認すると、いかにも優しそうで黒ジャケットが似合う好青年だった。
「ていうかイケメンだし……」
 言い忘れていたが、彼は生まれつき男性ホルモンが少なく、恋愛対象には男性も入っている。それよりも港区だ。明日には凪たちクリスタルミューズは、明後日に行われるコンサートのために東京へ向かうはずだ。母を探しに行くのもそうだが、それ以上に妹が無事にコンサートに臨めることの方が先決だ!
「明日朝イチで東京向かうわ!舞衣香ちゃん明日、モーニングコールお願い!」
「しょうがないな……もう幸ちゃんは朝に弱いんだから!」
「ゴメンね!」
 こうなればやることは一つ。明日すぐに港区へ飛ぶ。朝イチの飛行機に乗ればランチタイムより前に着けるはずだ。
 ゴクゴクゴク……
 彼は残っていた酒を飲み干し、暖房の効いた寝室で眠った。

 2026年12月12日、7時30分。余白の営業時間前。オープン作業を終え、鏡幸人と夢野澪は目覚めの珈琲を飲んでいた。だが幸人はスマホで何かの動画を一生懸命に観ている。
「さっきから何観てんの?」
「ん……?ああこれ……Aurora Kissのライブ映像」
「Aurora Kiss?聞いたことないな……」
「知らないの?ほう……やっぱ澪はガキだな……」
「何か言った!?」
「冗談だよ……そのAurora Kissなんだけどさ、俺の母さんが昔ファンだったんだけど、ある日を境にリーダー以外のメンバーが行方不明になったらしいんだ……」
 代表曲の『北風にKissして』は何度も聴いてしまう。Aurora Kissは1984年に結成。センター兼リーダーのCHIHIROは当時16歳。結成当初は8人組のアイドルグループだった。そして1990年に『北風にKissして』が大ヒットし、芸能界に名を轟かせたトップアイドルとして君臨。だがCHIHIROについてはどのサイトを調べてみても、本名は明かされておらず、さらに経歴も『1997年、女優業に専念。』としか書いていない。メンバー全員の本名は明かされているのに対し、CHIHIROだけ明かされていないのは不自然すぎる。当然だが、氷川正信を検索しても妻の名前は非公開な上、『2001年9月30日、第一子女児が誕生』と書かれている。元アイドルと結婚したとは確かに聞いたことはあった。だが肝心の息子の情報は完全にノータッチだ。
「ん……?2001年9月30日……この日って……」
「2001年9月30日?クリスタルミューズの氷川凪の誕生日じゃん?」
「クリスタルミューズ……あっ……!?ってええ……!?まさか……」
「ふふふ〜ん……これ!この前すごい列の中並んでつい買っちゃったの!」
「……なあ?その氷川凪と氷川正信って、血縁関係があるとか明かされているか?」
「えっ?いや……明かされてはいないと思うけど、でも親子ってことはなくない?」
 ちょっと待てよ……氷川という姓が同じで凪のプロフィールに書かれている生年月日が確かに一致している。偶然なわけがない……!だが氷川千尋の正体が本当にあのCHIHIROなら、昨日の『自分と同い年』という証言にも辻褄が合う。
 フワッ……
 彼は澪が持っていたグッズの中から生写真を持ち、CHIHIROの写真と顔を照らし合わせる。
「ちょっと?触るなら丁重にやってよ?」
「うん……」
 まさかとは思ったが……
「似てる……」
「似てる……?って確かに……!?」
「じゃあまさか……澪の好きな氷川凪って、CHIHIROの娘だったのか……!?」
「うん……だって激似だもんね……?」
 このとき察した。自分はとんでもないことに首を突っ込んでしまったと。彼はハンガーからジャケットを取る。
「悪い……ちょっとだけ店番頼む!すぐ戻るから!」
「ええ……!?うんわかった……!」

 8時前。港区の路地裏。
 コツ……コツ……
「ほう……喫茶店のオーナーが俺みたいな裏社会の人間と関わるとはな?」
「約束通り金は持ってきた……さっさと教えろ……」
 パサッ……
 幸人は札束の入った封筒を地面に投げた。男は封筒を拾うと、金を1枚1枚丁寧に数える。
「おや?約束の額より少な……」
 ガシッ……!
「コココ……!?」
 彼の70kgの握力が喉元にめり込む。
「俺がこの状況で間違えるわけないだろうが……さっさと教えろ……約束の金だ……!」
「ココ……!わきゃり……まひた……」
 フワッ……!
「ゴホ……ゴホ……!何から……知りたいでしょうか……?」
「氷川正信の血縁関係者、CHIHIROの正体、そして氷川千尋さんの場所だ」
「はい……」
 明かされた情報だが、やはり彼の予想通り氷川正信と氷川千尋は夫婦。そしてAurora KissのCHIHIROと千尋はれっきとした同一人物だった。それで今千尋は、正信が秘密裏に所有する洋館、『月白館』に捕らわれているようだ。
「そうか……それで、千尋さんの息子のことはわかったのか?」
「実は……息子のことは完全に謎なんです……!唯一わかっているのは、1998年8月3日……室蘭生まれってだけです……!」
「……」
「嘘は言っていません……!勘弁してください……!」
「信じるぞ……」
「まさか……行く気なんですか!?」
 裏社会の人間でも関わらせたくないのだろうか?金を受け取ったなら何も言うことはないだろうに。
「ああ……行くさ」
「一つ言い忘れていました……月白館には鉄球やナイフ、殺人トラップがかなり多くあります……」
 洋館の殺人トラップなら某サバイバルホラーゲームの洋館と同じじゃないか……だが笑いごとじゃない。今まで月白館に足を踏み入れて生きて帰れた者は、誰一人いないという。
「忠告ありがとな……今度余白に来い。とびきり美味いもの食わしてやる……」

 2026年12月12日、11時30分頃。
「うぅ……ん……?」
 ガチャ……ガチャ……!
「ここは……どこよ……?」
 眩しい光で目を覚ました千尋は、仰向けに寝かされて両手足を金具で拘束されている。
「寒い……!」
 真冬に暖房など一切つけられておらず、さらにコートを奪われて下着姿にさせられていた。それに数名の見張り役のような男がじぃ~と見ている。
「見ないで……!あっちに行って……!」
 恥ずかしさのあまり声を張り上げる。すると——
 コツ……コツ……
「素晴らしい……!やはり私の思った通りだ……君の身体にはとんでもない価値が眠っている……!」
「あなた……!?何の話よ……」
「前に私の部下が、君が路上で歌っているのを見たんだよ。そしたら興味深いことを言っていたんだ……」
「路上で……それがどうしたのよ……?」
 いつかまた歌いたいと思ったのだろうか、無意識に路上で歌ってしまうことがあったようだ。それも熱唱に近いくらい。Aurora Kissの曲ばかり歌っているため、一部の市民は『もしかして?』と思う人もいるだろう。
「ああ……」
 恥ずかしい……ボロボロの身分で何を歌っていたんだ?歌を愛しているのは、本当だけど……
「歌ったのと何の関係があるのよ……?」
「AIでも再現できない歌声、伝説のアイドルの肉声……これは替えの効かないものなんだよ……」
 淡々と語られるだけで結局何をしたいのかが理解できない。
「私が欲しいのは、君の身体と……横隔膜だ。ざっと計算して、10億にはなるだろう……」
「じゅじゅ……10億……!?やめて……私の身体汚いわ!?そんなの1円になるはずもないわ……!?」
 身体を売るなんてやめて!自分でもわかるくらい臭いのに……
「君にはこれから、横隔膜がいい具合になるまで声を出してもらう……」
「何するのよ……!?って……それドリル……!?やめて……!」
 ギュイーン……!ビービービービー……!
「何事だ!?」
「侵入者です!例の黒ジャケット男のようで……!」
「何だと!フン……まあいい……ここには辿り着けまい……君のことは、また後でゆっくり料理する……」

 同時刻。千尋の情報を入手した鏡幸人は月白館の扉を蹴破って侵入に成功。
「さあ……次は誰が相手だ?」
「何なんだこいつ……!?本当に素人なのかよ……!?」
 裏社会の人間から見れば彼は民間人。民間人を舐めたツケは重い。彼の強さにビビった連中は次々と撤退した。千尋さんはどこだ?そんなとき——
 ビービー……!
「……?今度は何だ……?」
「侵入者発見!侵入者発見!2人が月白館に侵入した模様!」
「は……?2人……俺以外に誰かが……?」
 だがとにかく時間がない!それに情報屋が言っていた殺人トラップは何だ?1年前はドアノブに仕掛けられていた有刺鉄線を思いきり握ってしまったが、今の自分に回避する力があるのだろうかと不安になる。彼は不安を振り払うように走り出した!
 ビュゥン……!
 走り出した直後、ソフトボールサイズの鉄球がいきなり飛んでくる。
「ハッ……!」
 何とか避けられた。だが洋館内は非常に狭く、トラップが多く発動する分回避しづらい。
 ビュゥン……!ビュゥン……!
「フッ……ハッ……!」
 彼は強くあり続けるために、毎日欠かさず鍛錬を積み重ねている。特にバーピーは100回以上やっているくらいだ。
「おいおい……避けんのも楽じゃないんだぜ……?」
 プルプル……
 脚の筋肉が痙攣する。今になって鍛えすぎたのが仇になってしまうとは……けどな、鍛えた甲斐を見させてくれねえか!
「ハァー……!」
 ビュゥン……!シュウゥ……!
 鉄球に加え天井から降るナイフ。さすがに無傷とまではいかなかったが、掠り傷程度で止まらない彼は上へ上へと階段を登っていく。やがて最上階の5階まで辿り着いた頃——
 ギュイーン……!
「うぅぅー……!!」
 千尋がスーツの男に太腿をドリルで削られている!
「やめろっ!」
「うぅぅー……!」
 スン……
「うぅ……鏡さん……!?」
「やはり来たか……」
「氷川正信……!お前、自分の奥さんに何してんだ……!?何で愛する人を簡単に傷つける……俺には理解できねえな!」
「ふふふ……まさか何も知らずに飛び込んできたのか?とんだお人好しだ……」
「何が言いてえ……?」
「千尋の歌声は神の領域……この横隔膜は安くても10億の値になるんだよ……」
「何だって……!?」
 臓器は高く売れるという話はよく聞くが、横隔膜が高く売れるだと……?ところでこの部屋は換気していないのか?血の匂いが絶え間なく鼻を突く。それに……
「うぅ……?これは……」
 ポコポコポコ……
 辿り着く前にナイフトラップが腕を掠めていた。傷口からなぜか血液が沸騰しているようだ。
 フラフラ……
「くぅ……」
「表れたようだな?」
「何だこれ……!視界が……」
 ナイフトラップに何か仕掛けがあったのか?ヤケ酒した日以上に視界がおぼつかない。
「君は幸人の名前を持っているだけでなく、私の計画の邪魔をした……処刑だ……」
「うぅ……!この程度で、倒れるかよ……!」
 ドシン……!ドシン……!
「君にうってつけの処刑人を用意しておいた。喜べ?君以上に大きい処刑人だぞ?」
 ものすごい足音を立てて現れたのは身長2mは優にある大男。真冬なのにタンクトップという明らかに異様な恰好だ。
「彼はブラック・アンヴィルのハンマー。裏社会では知らぬ者はいない殺し屋だ……」
「オウオウ……!」
「殺し屋……!?ダメ……!鏡さん逃げて……!」
「こんなとこで逃げるかよ……!かかってこい……!」
 幸人の身長は187cmあるが、対するハンマーは彼が見上げるくらい大きい。彼は何とか意識を保ちながら、魂のファイティングポーズを構えた。だが早く戦闘を終わらせなければならないと焦ったのか、彼は何も考えずハンマーに突っ込んでしまう。
「オラァ……!」
 ドスン……!
「グオォ……!?(何だこの威力……!?)」
 あまりの攻撃力に胃にあるものを全て吐き出しそうになる。下手すれば正面からの戦いが通用しないタイプだ。それに相手はプロの殺し屋、アイツなんかとは比べものにならない!
「(どこかに急所はないのか……!)」
 奴の攻撃はあまりにも大振りだ。回避に追いつければ反撃の術はあるはず……
 ブウゥン……!
「ウッ……!」
 当たったら車に轢かれたときと同じ威力。避けるだけで精一杯だ。それに彼は殺しの技術はおろか、格闘技を経験したこともない。首も分厚い奴を前にしたら急所なんてわからない。それでも諦めないのが幸人の精神。
「オラァ!」
 バババババッ……!ドスッ……!
「オウ……」
「何っ……!?」
 左胸に何発もパンチを喰らわせているのに効いていない……!
 ガシッ……!
「カカ……!?」
 85kgの体重がある彼の首を掴み、片手で持ち上げる。
「おやおや……この男に捕まったらもう終わりだ……君の首どうなるかな?」
「やめて……!やめてよ……」
 彼はもうここまでなのか……?
「澪……千尋さん……ごめん……」

「ウゥ……!」
「さあ死ね……鏡幸人……」
 バーン……!
 突然鳴り響いた銃声!
「……!?」
 弾丸はハンマーの手首に命中した。
 ドサッ……!
 鏡幸人は鬱血した顔色。ギリギリのところだった……
「ウゥ……!ゴホッ……!ゴホッ……!」
「誰だっ……!?」
 必死で目を見開いて映ったのは、白いコートにマフラー、細身の女性に見えた。彼は『早く逃げろ!』と叫びたい。声が出せない……だが千尋から出る言葉に彼は耳を疑うことになる。
「ゆ……幸人……!?」
「……!?何……!?」
「ママを狙っていたのはやっぱりパパだったのね?もう何年ぶりかしら?」
「ふうん……お前の顔が一番見たくなかった……気持ち悪い幸人……」
 この人が、千尋さんの息子?幸人……?明らかに女性じゃないか……!
「それより、外にいた連中はどうした!?」
「あら?パパのお仲間は全員お肉になっちゃったよ。昔から詰めが甘いんだもの……」
「あんた……ここにいる全員殺したのか……?何で殺す必要あるんだ……?」
「あなたが鏡幸人さんね?僕は氷川幸人よ……」
「何で俺のことを……って!?まさかお前、千尋さんの息子……!?」
 そう。鏡幸人が今見ているのは、紛れもない氷川幸人。ボロボロで裸足のホームレス、元トップアイドル=千尋の息子なのだ。
「何か……前見たことあるぞ……男の娘とか?」
 2人の幸人。男らしい幸人と中性的な幸人だが、よく見れば同じような顔をしている。
「ならちょうどいい……気持ち悪い幸人と目障りな幸人……2人仲良く、死ぬがいい……」
「もう2回目だけどさ、詰めが甘いわよ?フリーズエレメントで切られたことに気づかないのね?」
「何……!?」
「フフフフ……」
 彼はいつの間にか正信とハンマーにフリーズエレメントで軽く脚を切っていた。毒性は凪が作るものより弱いが、早く治療しなければ後遺症が出る。
「マズい!ハンマー!撤退だ……!」
「オウオウ……!」
 悪人ほど逃げ方が情けない。散々人を殺しておきながら、自分に害が及べば必死で逃げる。
 ダッダッダッ……!
 氷川正信とハンマーの姿が消えた頃、氷川は母のもとへ歩み寄り——
 バンバン……バンバーン……!
「お……おい……!?」
 何の躊躇もなく両手足の拘束具を撃ち壊す。
「幸人……」
「やっと会えたね……ママ……」
「……!?」
 本来なら感動の再会。だが鏡と千尋は彼の笑顔を見て全身が凍りつくのを感じた。彼は後ろから母を抱き締める。
「ねえ幸人?ママ、シャワー浴びなきゃ……!ねっ……?」
「何言ってんのよ……ママに汚いところなんてないわよ……これからは僕が、たっぷり愛してあげるから……!ハハハハ……!」
 彼が着ている白コートが汚れていく。そんなことはお構いなしに、彼は不気味な笑みを浮かべたまま手を離そうとしない。
「ねえお願い……!ママ本当に汚いから……!」
 鏡から見れば彼は異常な人間にしか見えない。いくら親でも、あんなに汚れた人を抱けるのか?
「なあ……親御さんの言う通りだ……シャワー浴びてからじゃダメなのか?」
「他人は口出さないでくれる……?」
「……!?」
 可愛らしい男の娘から感じられる狂気。
「ねえママ……こっち向いて……」
「何……?」
 チュッ……
「……!?」
「……!?」
「ハハハハハ……!ハハハッ……!」