「……おい、陽菜。お前、なんか隠してねぇか?」
「えっ!? な、何もないですよ! ほら、今日の夕飯の準備、まだ途中なので!」
慌てて声を裏返してごまかす私に、藍里先輩もいつもの悪戯っぽい笑顔を完全に消して、静かで真剣な瞳を向けてくる。
「陽菜。顔色、すごく悪いよ。クマも酷いし……無理はしちゃダメだよ?」
「藍里先輩まで何言ってるんですか! 本当に大丈夫ですから!」
冷や汗が背中を伝う。
これ以上突っ込まれたら、本当に涙が溢れてしまいそう。
逃げるようにキッチンへ戻ろうとした、その時。
(……あ)
背中に、じっと突き刺さるような、重い視線を感じて足を止めた。
リビングの特等席。
大きな一人掛けのソファ。
そこに深く腰掛けた朔先輩が、流れるような黒髪の隙間から、恐ろしいほどに鋭い瞳で、私の様子をじっと無言で見つめていた。
いつもなら「陽菜、腹減った」とジャージの袖を引っ張ってくるはずの先輩が、一言も発しない。
ただ、すべてを見通すようなその絶対君主の双眸で、私の震える肩、無理に作った笑顔、そして隠された傷を、深く、深く、射抜くように凝視している。
その無言の視線が、何を意味しているのか。
怒っているのか、それとも呆れているのか。
先輩の底知れない瞳の奥の感情が読み取れなくて、私の心臓は、学校で嫌がらせを受けたときよりも激しく、痛いほどに波打っていた――。


