ロイヤル棟でのお世話係は、あくまで理事長さんとの秘密の契約。
学校では「ただの庶民と、雲の上の神様」として振る舞わなければいけない。
頭では分かっているのに。
コツ、コツ、と床を叩く足音が、私のすぐ横で止まった。
ドキン、と心臓が跳ね上がる。
目の前に、朔先輩の長い影が落ちた。
ほんの一瞬、本当に一瞬だけ、先輩の鋭い氷のような瞳が、掲示板の前に立つ私を捉えた。
すれ違いざま、ふわりと、爽やかなシトラスの香水の匂いが、私の鼻腔を掠める。
(先輩……)
思わず、期待を込めて見上げてしまった。
だけど、先輩は表情一つ変えないまま、私をただの石ころか何かのように、冷たく視線を逸らして通り過ぎていった。
胸の奥が、ツンと痛む。
無視されたような寂しさが、じわじわと胸に広がっていく。
(バカみたい。私、何を期待してたんだろう。……私は、ただのお世話係なのに)
この胸のモヤモヤとした痛みの正体を、私はまだ、恋だとは認めたくなかった。
3人の背中が遠ざかり、女子生徒たちの興奮したざわめきだけが廊下に残る。
「ちょっと、あなた。そこで何をぼんやりしていらっしゃるの?」
ツンとすました、いかにもお嬢様といった高飛車な声が、落ち込んでいた私の頭上から降ってきた。
振り返ると、フリルのついたハンカチをひらひらさせながら、何人かの取り巻きを引き連れた上級生らしき女子生徒が、私を値踏みするような冷たい目で見下ろしていた。
制服の襟元には、SSクラスのバッジがきらりと光っている。
――これが、私のそれなりに穏やかだった学園生活に、じわじわと黒い影が忍び寄り始めた瞬間。


