コツン、と革靴の音が、真白のすぐ後ろで止まった。
「……乾さん? 何やってるの」
低く、温度のない声。
「ひゃぅっ!?」
真白は跳び上がるようにして振り返った。心臓が口から飛び出るかと思った。
そこに立っていたのは、トレンチコートを腕にかけ、手提げカバンを持った神尾蓮だった。
しかし、その顔を見て、真白はさらに凍りついた。
いつも会社で見せる、あの眩しいほどの「爽やかスマイル」が、影も形もない。
蓮の目は冷たく据わり、完全に無表情。佐伯に裏で「詐欺男子」と呼ばれる、彼の本性の顔だった。
けれど真白は裏の顔知らない為、その表情に固まりそうになる。
「神、お……神尾さん。どうしてここに……」
真白は必死に声を震わせながら、スマホを背中に隠そうとした。
しかし遅い。画面からは、ゲームのド派手なBGMと「ガチャ失敗」の哀しいエフェクト音が大音量で流れてしまっている。
蓮は冷ややかな視線を真白のスマホへと落とし、それから、真白の顔をじっと見つめた。
いつもは完璧に整えられているシニョンが少し緩んで解けかけており、ブルーライトカットの大きな伊達メガネが鼻先にずり落ちている。
そして何より、さっきまで子供のように必死な顔で唇をツンと前に尖らせ、ゲームアプリに齧りついていた姿を、バッチリ見られていた。
「営業の提出資料に不備があって、役員用シュレッダーを借りに来ただけだけど」
蓮は抑揚のない声で言った。完璧な秘書室の鏡と言われる女が、残業中の静かなオフィスで、スマホ相手に全力で一喜一憂している。
「……完璧な秘書室の鏡が、ずいぶん面白いことになってるね」
蓮の口元が、フッと皮肉げに歪んだ。
それは、社内の誰も見たことがない、意地悪で、だけど妙に色気のある「素の男」の笑みだった。
真白の顔が、一気に真っ赤に染まっていく。
「あ、あの……これは、その、状況整理をですね……」
「いいよ、別に。誰にも言わないから。仕事は完璧なんだし、終業後にどんな『オタクな姿』晒してようが、俺には関係ないしね」
蓮はそれだけ言うと、あっさりと背を向け、用件を済ませるために役員室の奥へと歩き去っていった。
残された真白は、脱力して椅子に崩れ落ちた。
(終わった……。私の完璧な会社人生、終わった……!)
必死に守ってきた完璧な表の顔の裏にある、なりふり構わないゲームオタクとしての姿を、よりによって社内一の人気者に見られてしまった絶望感で、真白は頭を抱えた。
「……乾さん? 何やってるの」
低く、温度のない声。
「ひゃぅっ!?」
真白は跳び上がるようにして振り返った。心臓が口から飛び出るかと思った。
そこに立っていたのは、トレンチコートを腕にかけ、手提げカバンを持った神尾蓮だった。
しかし、その顔を見て、真白はさらに凍りついた。
いつも会社で見せる、あの眩しいほどの「爽やかスマイル」が、影も形もない。
蓮の目は冷たく据わり、完全に無表情。佐伯に裏で「詐欺男子」と呼ばれる、彼の本性の顔だった。
けれど真白は裏の顔知らない為、その表情に固まりそうになる。
「神、お……神尾さん。どうしてここに……」
真白は必死に声を震わせながら、スマホを背中に隠そうとした。
しかし遅い。画面からは、ゲームのド派手なBGMと「ガチャ失敗」の哀しいエフェクト音が大音量で流れてしまっている。
蓮は冷ややかな視線を真白のスマホへと落とし、それから、真白の顔をじっと見つめた。
いつもは完璧に整えられているシニョンが少し緩んで解けかけており、ブルーライトカットの大きな伊達メガネが鼻先にずり落ちている。
そして何より、さっきまで子供のように必死な顔で唇をツンと前に尖らせ、ゲームアプリに齧りついていた姿を、バッチリ見られていた。
「営業の提出資料に不備があって、役員用シュレッダーを借りに来ただけだけど」
蓮は抑揚のない声で言った。完璧な秘書室の鏡と言われる女が、残業中の静かなオフィスで、スマホ相手に全力で一喜一憂している。
「……完璧な秘書室の鏡が、ずいぶん面白いことになってるね」
蓮の口元が、フッと皮肉げに歪んだ。
それは、社内の誰も見たことがない、意地悪で、だけど妙に色気のある「素の男」の笑みだった。
真白の顔が、一気に真っ赤に染まっていく。
「あ、あの……これは、その、状況整理をですね……」
「いいよ、別に。誰にも言わないから。仕事は完璧なんだし、終業後にどんな『オタクな姿』晒してようが、俺には関係ないしね」
蓮はそれだけ言うと、あっさりと背を向け、用件を済ませるために役員室の奥へと歩き去っていった。
残された真白は、脱力して椅子に崩れ落ちた。
(終わった……。私の完璧な会社人生、終わった……!)
必死に守ってきた完璧な表の顔の裏にある、なりふり構わないゲームオタクとしての姿を、よりによって社内一の人気者に見られてしまった絶望感で、真白は頭を抱えた。



