オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

緑川の冷ややかな言葉が、耳の奥でいつまでも不快に反響していた。
心臓が警鐘を鳴らすように激しく脈打ち、指先が冷たくなっていく。
今まで信じていた「一途で完璧な恋人」の輪郭が、足元から音を立てて崩れていくような感覚。恋愛未経験の真白にとって、それは目の前が暗転するほどの衝撃だった。
けれど――。
「乾さん、常務が他社の役員をご紹介されるそうよ。お呼びしてきてくれるかしら」
「はい、チーフ。ただいま」
上司の声に呼び戻された瞬間、真白の身体に一本の筋が通った。
すっと背筋を伸ばし、顎を引く。
潤みそうになっていた瞳にすばやく力を込め、いつもの凛とした、非の打ち所がない「完璧な秘書」の微笑みを顔に貼り付けた。
どんな私情があろうとも、今は業務中。
常務の顔に泥を塗るような真似は、プロの秘書として絶対に許されない。
真白はトレイを片手に、静かで淀みのない足取りで、蓮と美咲が対峙している一角へと近づいていった。
「神尾さん、失礼いたします」
極めて通る、けれど機械のように均一で美しい声。
真白の登場に、蓮が弾かれたように肩を揺らし、すがりつくような切実な視線を彼女に向けた。その瞳は「違うんだ、聞いてくれ」と叫んでいるように見えた。
だが、真白はその瞳を真っ直ぐに見返すことはしなかった。
彼の少し斜め後ろ、ビジネスにおいて最も適切な位置に視線を落とし、流れるように言葉を続ける。
「常務が東亜物産の専務をご紹介されるとのことで、あちらでお待ちです。神尾さん、ご同行をお願いいたします」
「……あ、ああ。分かった。すぐに行く」
蓮の声は、かすかに掠れていた。
隣にいる緑川が、真白の隙のない立ち振る舞いと、蓮の明らかな動揺を見て、面白そうに目を細める。
「あら、優秀な秘書様ね。……じゃあ、蓮くん。プロジェクトの件、また後でゆっくりね」
緑川が去っていく。
真白は彼女に対しても、角度まで計算し尽くされた完璧な一礼を送った。
そこに個人的な嫌悪や嫉妬といった、人間らしい感情の揺らぎは1ミリも存在しなかった。
「乾さん、俺は――」
「神尾さん。常務がお待ちです。急ぎましょう」
蓮が何かを言いかけるのを、真白は冷徹なまでの敬語で遮った。
促されるままに歩き出す蓮を横目に見つめながら、真白は胸元をきつく締め付けられるような痛みに耐えていた。
(私は……仕事をしている。それでいい。それだけでいいの)
自分の感情を完全にシャットアウトし、完璧な仮面を被って仕事をこなす真白。
その姿はあまりにもプロフェッショナルで、だからこそ、隣を歩く蓮にとっては、彼女の手がもう二度と届かない場所に行ってしまったかのような、恐ろしいほどの距離感を感じさせるのだった。