オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

木曜日の夜。
他社との合同新プロジェクトの発足に伴う、立食形式のレセプションパーティー。役員秘書である真白は、常務の同伴として、会場の壁際で静かに控えていた。
きらびやかな会場の喧騒の中、真白の視線は、自然と一人の男の後ろ姿を追いかけていた。
営業一課のエース、神尾蓮。
いつものようにスマートなスーツを完璧に着こなし、他社の重役たちと穏やかに、かつ隙のない笑顔で談笑している。
(会社にいるときの神尾さんは、本当に完璧な王子様だな……)
家で見せる、ちょっとポンコツでゲームに熱くなる愛おしい姿。
自分だけに向けられる、泥臭いほどの甘い熱量。
真白は彼が自分を一途に想ってくれていることを信じているし、彼のプライベートな人間関係に、これまで何の疑問も抱いていなかった。
その時、会場の入り口から、ひときわ華やかな空気を纏った女性が入ってきた。
今回の共同事業先である大手企業の、若き女性プロジェクトマネージャー。
「お久しぶりですね、蓮くん。……相変わらず、社内では『王子様』を演じているの?」
その女性――緑川が蓮の前に立ち、どこか親密で、けれど同時に冷ややかな距離感で微笑みかけた。
「……緑川」
蓮の表情が一瞬で凍りついたのを、少し離れた場所にいた真白は見逃さなかった。
いつもどんな相手にも崩さない完璧なビジネス用の笑顔が、彼の顔から完全に消え失せている。明らかな動揺と、嫌悪の混ざったような鋭い眼差し。
「あの頃から少しは大人になった? ……私の後にも、随分いろんな女の子と中身のないお付き合いを重ねてたみたいだけど。来るもの拒まず、去るもの追わずの冷血王子様、少しは誰かを本気で愛せるようになったのかしら」
美咲がクスリと、からかうように首を傾げて放った言葉。
それは、真白の耳に、冷たい氷水を流し込まれたかのように突き刺さった。
(え……?)
真白の頭が、真っ白に染まっていく。
『いろんな女の子と中身のないお付き合いを重ねてた』
『来るもの拒まず、去るもの追わずの冷血王子様』
今まで聞いたこともなかった、蓮の全く知らない一面。
社内でもクリーンで通っている彼が、実は自分と出会う前まで、不特定多数の女性と割り切った関係を重ねてきた「女性経験の極めて豊富な男」だったのだという事実が、美咲の言葉によって、最悪な形で真白の前に突きつけられた。
自分にとっては、蓮が初めての恋人で、初めてのすべてだった。
けれど彼は――私以外の、たくさんの女性をその腕に抱き、同じように優しく微笑みかけていたのだろうか。
自分で決めて、自分の足で生きてきた彼の人生だ。
過去のことをいまさら責める資格なんて自分にはないし、お説教する気も否定する気もない。そうならざるを得なかった原因が、目の前の美咲という女性にあるのかもしれないと、冷ややかに分析する理性もある。
けれど、それとこれとは話が別だった。
(私にとっては全部が特別なのに……神尾さんにとっては、私は『その他大勢のひとり』と何が違うの……?)
恋愛未経験を卒業したばかりの真白の心は、激しい混乱と、埋めようのない「経験の差」への寂しさで、今にも張り裂けそうになっていた。