木曜日の午後。
常務室の外にある秘書課のフロアには、言葉にできない緊張感が漂っていた。
今日は、営業一課が社運をかけて挑む大型コンペのプレゼン当日。
蓮と佐伯をはじめとするプロジェクトチームは、朝から取引先の役員陣が集まる本社ビルへと向かっている。
「乾さん、営業一課のコンペ、そろそろ時間よね……?」
隣の席で、聖良がPCのキーを叩きながら、極めて小さな声で話しかけてきた。
「ええ。14時開始だから、もうそろそろ結果が出てもおかしくない頃よ」
真白は努めて冷静に、手元のスケジュール表を整理していたが、心臓は朝からずっと、少し高い位置で細かく脈打っていた。
蓮がどれほど泥臭くこの案件に向き合ってきたか、誰よりも近くで見てきた。
深夜の更新ログ、オフィスでの張り詰めた背中、そして差し入れの日に見せた、あの力強い笑顔。
(神尾さんなら、絶対に大丈夫。私は私の仕事を完璧にこなして待つだけ)
そう自分に言い聞かせ、真白は常務へ提出する次週の予定表を、ミリ単位のズレもないよう美しく整えていく。
そして、16時を回った頃。
営業一課のフロアの方から、わっと大きな歓声が沸き起こるのが聞こえた。
「――やったぞ! コンペ、勝ち取ったぞ!!」
営業一課長の弾んだ声が、フロア中に響き渡る。
秘書課のチーフも「あら、一課のコンペ通ったのね! 良かったわぁ」と顔をほころばせた。
真白は胸の奥で、ふっと大きな安堵の息を吐き出した。
あまりに嬉しくて、口元が緩みそうになるのを必死に堪え、完璧なビジネス用の無表情をキープする。
「お疲れ様です!」
16時半。
取引先から直帰せず、報告のために帰社した蓮と佐伯が、役員フロアへと上がってきた。
蓮のジャケットには、長時間の緊張を物語る微かなシワが寄っていたが、その表情は実に晴れやかで、いつもの「完璧な王子様」とは違う、一人のプロのビジネスマンとしての確かな自信に満ち溢れていた。
「常務、ただいま戻りました。コンペの結果ですが、無事に我が社の提案が採択されました。東都企画の追随を退け、満場一致での決定です」
常務室のドアの前で、蓮が常務へハキハキと報告する。
常務は「おお、神尾くん! よくやった。君ならやってくれると信じていたよ」と、蓮の肩を力強く叩いた。
報告を終え、常務室から出てきた蓮。
彼の視線が、デスクに座る真白へと向けられる。
周囲には秘書課のチーフや聖良、そして同行してきた佐伯もいる。
誰もが注目する公の場。
蓮は真白の前に立つと、いつものスマートなビジネススマイルを浮かべ、けれど、その瞳の奥には熱い情熱を湛えて言った。
「乾さん。……先日の、素晴らしい差し入れのおかげです。最高のコンディションでプレゼンに臨めました。ありがとうございました」
それは、周囲には単なる「秘書課の気遣いへの、丁寧な営業部員からのお礼」にしか聞こえない言葉。
けれど、真白には分かっていた。
(『絶対に無理はしないで、勝ってきてください』――あのメモへの、彼なりの最高の返事なんだ)
「お役に立てて何よりです、神尾さん。……本当におめでとうございます。お疲れ様でした」
真白はすっと立ち上がり、胸の前で手を合わせ、心からの美しい一礼を送った。
完璧な秘書としての、完璧なお祝い。
だけど、二人の視線が交わった一瞬、そこには誰にも邪魔できない、お互いへの深い信頼と誇らしさが、確かに通い合っていた。
後ろで佐伯が、ニヤニヤしながら蓮を小突いているのを、真白と聖良は見逃さなかった。
常務室の外にある秘書課のフロアには、言葉にできない緊張感が漂っていた。
今日は、営業一課が社運をかけて挑む大型コンペのプレゼン当日。
蓮と佐伯をはじめとするプロジェクトチームは、朝から取引先の役員陣が集まる本社ビルへと向かっている。
「乾さん、営業一課のコンペ、そろそろ時間よね……?」
隣の席で、聖良がPCのキーを叩きながら、極めて小さな声で話しかけてきた。
「ええ。14時開始だから、もうそろそろ結果が出てもおかしくない頃よ」
真白は努めて冷静に、手元のスケジュール表を整理していたが、心臓は朝からずっと、少し高い位置で細かく脈打っていた。
蓮がどれほど泥臭くこの案件に向き合ってきたか、誰よりも近くで見てきた。
深夜の更新ログ、オフィスでの張り詰めた背中、そして差し入れの日に見せた、あの力強い笑顔。
(神尾さんなら、絶対に大丈夫。私は私の仕事を完璧にこなして待つだけ)
そう自分に言い聞かせ、真白は常務へ提出する次週の予定表を、ミリ単位のズレもないよう美しく整えていく。
そして、16時を回った頃。
営業一課のフロアの方から、わっと大きな歓声が沸き起こるのが聞こえた。
「――やったぞ! コンペ、勝ち取ったぞ!!」
営業一課長の弾んだ声が、フロア中に響き渡る。
秘書課のチーフも「あら、一課のコンペ通ったのね! 良かったわぁ」と顔をほころばせた。
真白は胸の奥で、ふっと大きな安堵の息を吐き出した。
あまりに嬉しくて、口元が緩みそうになるのを必死に堪え、完璧なビジネス用の無表情をキープする。
「お疲れ様です!」
16時半。
取引先から直帰せず、報告のために帰社した蓮と佐伯が、役員フロアへと上がってきた。
蓮のジャケットには、長時間の緊張を物語る微かなシワが寄っていたが、その表情は実に晴れやかで、いつもの「完璧な王子様」とは違う、一人のプロのビジネスマンとしての確かな自信に満ち溢れていた。
「常務、ただいま戻りました。コンペの結果ですが、無事に我が社の提案が採択されました。東都企画の追随を退け、満場一致での決定です」
常務室のドアの前で、蓮が常務へハキハキと報告する。
常務は「おお、神尾くん! よくやった。君ならやってくれると信じていたよ」と、蓮の肩を力強く叩いた。
報告を終え、常務室から出てきた蓮。
彼の視線が、デスクに座る真白へと向けられる。
周囲には秘書課のチーフや聖良、そして同行してきた佐伯もいる。
誰もが注目する公の場。
蓮は真白の前に立つと、いつものスマートなビジネススマイルを浮かべ、けれど、その瞳の奥には熱い情熱を湛えて言った。
「乾さん。……先日の、素晴らしい差し入れのおかげです。最高のコンディションでプレゼンに臨めました。ありがとうございました」
それは、周囲には単なる「秘書課の気遣いへの、丁寧な営業部員からのお礼」にしか聞こえない言葉。
けれど、真白には分かっていた。
(『絶対に無理はしないで、勝ってきてください』――あのメモへの、彼なりの最高の返事なんだ)
「お役に立てて何よりです、神尾さん。……本当におめでとうございます。お疲れ様でした」
真白はすっと立ち上がり、胸の前で手を合わせ、心からの美しい一礼を送った。
完璧な秘書としての、完璧なお祝い。
だけど、二人の視線が交わった一瞬、そこには誰にも邪魔できない、お互いへの深い信頼と誇らしさが、確かに通い合っていた。
後ろで佐伯が、ニヤニヤしながら蓮を小突いているのを、真白と聖良は見逃さなかった。



