土曜日の午後。
真白のマンションのインターホンが鳴ったとき、彼女は玄関の前で深呼吸を繰り返していた。
今日の真白は、お気に入りのアニメキャラクターがプリントされた、お世辞にも「完璧な秘書」とは言えないクタクタのグレーのスウェット姿。
対する神尾蓮を迎えるために、意を決してドアを開ける。
「乾さん、お邪魔し――」
入ってきた蓮は、私服のシンプルな黒のニット姿だった。だが、スウェット姿の真白を一目見るなり、その整った顔をふっと和ませ、愛おしそうに目を細めた。
「すごく可愛い。その姿の乾さんも好きだな」
「……っ、お世辞はいいですから、早く入ってください!」
真白は顔を真っ赤にして、逃げるように彼をリビングへと招き入れた。
リビングには、お気に入りのアニメフィギュアが並ぶ棚や、大画面のモニター、そしてたくさんのゲームソフトが並んでいる。
まさに真白の「聖域」そのものだ。
「すごいな。これが、乾さんの大好きな世界なんだね」
蓮は興味深そうに、けれど決して否定するような様子は見せず、敬意を払うようにその空間を見渡した。
「神尾さん……あの、本当にアニメもゲームも、一度もやったことがないんですか?」
「うん。子供の頃から塾や習い事で忙しかったし、大人になってからは仕事の付き合いばかりだったから。誰かと一緒にテレビに向かってゲームをする、なんて経験は本当に初めてだよ」
蓮は少し照れくさそうに笑いながら、真白の隣でローテーブルの前にちょこんと腰掛けた。
会社で見せる完璧なオーラを綺麗に削ぎ落とした、ただの等身大な彼の姿に、真白の緊張もすっと解けていく。
「じゃあ……まずは、これにしましょう。初心者でも絶対に楽しめます!」
真白が嬉しそうに取り出したのは、カラフルなキャラクターたちが障害物を乗り越えて競い合う、大人気のアクションゲームだった。
「神尾さんはこのコントローラーを持ってください。このボタンでジャンプ、これで移動です。まずは一緒のチームで、協力してゴールを目指しましょう!」
「わかった。足を引っ張らないように頑張るよ」
そう言ってゲームがスタートしたものの、未経験の蓮の操作は想像以上にボロボロだった。
「あ、そっちじゃないです! 穴に落ちます!」「ああっ、神尾さん、私のキャラクターを踏み台にして落ちていきました……!」
「すみません、思ったように動かなくて……。あ、またリスポーンした」
いつもは何でも器用にこなす蓮が、画面の中でコミカルな自機をあちこちにぶつけ、本気で焦りながらコントローラーを握りしめている。その不器用な姿が新鮮で、真白は思わずお腹を抱えて笑ってしまった。
「ふふっ、あはは! 神尾さん、それ逆走してます! 敵に向かって走ってます!」
「……っ、乾さん、笑いすぎ。……でも、乾さんがそんなに楽しそうに笑ってくれるなら、いくらでも逆走するよ」
蓮はゲーム画面を見つめながらも、真白の弾けるような笑顔を見て、心底幸せそうに目を細めた。
その後、真白が熱中しているお気に入りのアニメの第1話を一緒に観ることになった。
真白が隣で「このキャラクターのこのシーンの葛藤が本当に素晴らしくて……」と熱っぽく解説するのを、蓮は一つも聞き流すことなく、真白の横顔と画面を交互に見つめながら、優しく相槌を打つ。
「乾さんの言う通りだね。確かに、このキャラクターがここで譲れなかった理由が、表情だけでよく伝わってくる」
「……分かってくれますか!? そうなんです、ここの作画が本当に神がかっていて――あ」
つい熱くなってオタク特有の早口になってしまった自分に気づき、真白は慌てて口を塞いだ。
「すみません、私ばっかり喋って……退屈でしたよね」
「退屈なわけないだろ」
蓮はそっと手を伸ばし、真白の少し乱れた髪を優しく耳にかけた。
「乾さんが何に感動して、何を美しいと思っているのかを、こうして隣で教えてもらえるのが本当に嬉しいんだ。俺の知らない乾さんを、もっとたくさん知っていけるのが、たまらなく愛おしいよ」
そう言って、蓮は真白の華奢な体をそっと抱き寄せ、その額に優しくキスを落とした。
これまで一人で、誰にも見せずに楽しんできた自分だけの聖域。
けれど今、大好きな男の手のひらの温もりを感じながら、その世界を二人で分かち合う時間は、真白にとってこれまでのどんなゲームのクリア画面よりも、甘く、幸せなバグに満ち溢れていた。
真白のマンションのインターホンが鳴ったとき、彼女は玄関の前で深呼吸を繰り返していた。
今日の真白は、お気に入りのアニメキャラクターがプリントされた、お世辞にも「完璧な秘書」とは言えないクタクタのグレーのスウェット姿。
対する神尾蓮を迎えるために、意を決してドアを開ける。
「乾さん、お邪魔し――」
入ってきた蓮は、私服のシンプルな黒のニット姿だった。だが、スウェット姿の真白を一目見るなり、その整った顔をふっと和ませ、愛おしそうに目を細めた。
「すごく可愛い。その姿の乾さんも好きだな」
「……っ、お世辞はいいですから、早く入ってください!」
真白は顔を真っ赤にして、逃げるように彼をリビングへと招き入れた。
リビングには、お気に入りのアニメフィギュアが並ぶ棚や、大画面のモニター、そしてたくさんのゲームソフトが並んでいる。
まさに真白の「聖域」そのものだ。
「すごいな。これが、乾さんの大好きな世界なんだね」
蓮は興味深そうに、けれど決して否定するような様子は見せず、敬意を払うようにその空間を見渡した。
「神尾さん……あの、本当にアニメもゲームも、一度もやったことがないんですか?」
「うん。子供の頃から塾や習い事で忙しかったし、大人になってからは仕事の付き合いばかりだったから。誰かと一緒にテレビに向かってゲームをする、なんて経験は本当に初めてだよ」
蓮は少し照れくさそうに笑いながら、真白の隣でローテーブルの前にちょこんと腰掛けた。
会社で見せる完璧なオーラを綺麗に削ぎ落とした、ただの等身大な彼の姿に、真白の緊張もすっと解けていく。
「じゃあ……まずは、これにしましょう。初心者でも絶対に楽しめます!」
真白が嬉しそうに取り出したのは、カラフルなキャラクターたちが障害物を乗り越えて競い合う、大人気のアクションゲームだった。
「神尾さんはこのコントローラーを持ってください。このボタンでジャンプ、これで移動です。まずは一緒のチームで、協力してゴールを目指しましょう!」
「わかった。足を引っ張らないように頑張るよ」
そう言ってゲームがスタートしたものの、未経験の蓮の操作は想像以上にボロボロだった。
「あ、そっちじゃないです! 穴に落ちます!」「ああっ、神尾さん、私のキャラクターを踏み台にして落ちていきました……!」
「すみません、思ったように動かなくて……。あ、またリスポーンした」
いつもは何でも器用にこなす蓮が、画面の中でコミカルな自機をあちこちにぶつけ、本気で焦りながらコントローラーを握りしめている。その不器用な姿が新鮮で、真白は思わずお腹を抱えて笑ってしまった。
「ふふっ、あはは! 神尾さん、それ逆走してます! 敵に向かって走ってます!」
「……っ、乾さん、笑いすぎ。……でも、乾さんがそんなに楽しそうに笑ってくれるなら、いくらでも逆走するよ」
蓮はゲーム画面を見つめながらも、真白の弾けるような笑顔を見て、心底幸せそうに目を細めた。
その後、真白が熱中しているお気に入りのアニメの第1話を一緒に観ることになった。
真白が隣で「このキャラクターのこのシーンの葛藤が本当に素晴らしくて……」と熱っぽく解説するのを、蓮は一つも聞き流すことなく、真白の横顔と画面を交互に見つめながら、優しく相槌を打つ。
「乾さんの言う通りだね。確かに、このキャラクターがここで譲れなかった理由が、表情だけでよく伝わってくる」
「……分かってくれますか!? そうなんです、ここの作画が本当に神がかっていて――あ」
つい熱くなってオタク特有の早口になってしまった自分に気づき、真白は慌てて口を塞いだ。
「すみません、私ばっかり喋って……退屈でしたよね」
「退屈なわけないだろ」
蓮はそっと手を伸ばし、真白の少し乱れた髪を優しく耳にかけた。
「乾さんが何に感動して、何を美しいと思っているのかを、こうして隣で教えてもらえるのが本当に嬉しいんだ。俺の知らない乾さんを、もっとたくさん知っていけるのが、たまらなく愛おしいよ」
そう言って、蓮は真白の華奢な体をそっと抱き寄せ、その額に優しくキスを落とした。
これまで一人で、誰にも見せずに楽しんできた自分だけの聖域。
けれど今、大好きな男の手のひらの温もりを感じながら、その世界を二人で分かち合う時間は、真白にとってこれまでのどんなゲームのクリア画面よりも、甘く、幸せなバグに満ち溢れていた。



