オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

「……ねえ、佐伯くん。ちょっとあっち見て」
月曜日のランチタイム。
社内のカフェテリアの隅で、聖良が自分のサラダをフォークで突きながら、視線で窓際のテーブルを指し示した。
つられて視線を動かした佐伯は、口に含んだコーヒーを危うく吹き出しそうになった。
「ぶっ……おいおい、マジかよ」
そこには、お弁当を広げて座る真白と、その斜め向かいにちゃっかり席を陣取っている蓮の姿があった。
周りから見れば、ただの「営業のエースと秘書課の優秀なサポートが、業務の引き継ぎか何かについて淡々と話している」ようにしか見えないかもしれない。
乾真白の表情は相変わらず凛としていて、完璧な美しさを保っている。
だが、プロの観察眼を持つ親友ふたりをごまかすことは、到底不可能だった。
「何、あのふたり。空気感が甘すぎて砂糖吐きそうなんだけど」
聖良が半ば呆れたように、けれど嬉しそうに目を細める。
「乾さん、いつもなら神尾が話しかけると、鉄壁のビジネスライクな笑顔でシャットアウトしてたのにさ……。今、神尾が何か言った瞬間、一瞬だけ耳たぶ赤くして俯いただろ? あんなの、完全に『恋する女の子の顔』じゃん」
「神尾も神尾だよ、あいつ」
佐伯は額を手で押さえ、ため息をついた。
「外面用の『完璧な王子様スマイル』じゃなくて、完全に『ただの惚気た男のツラ』になってる。乾さんが一口卵焼きを食べるたびに、嬉しそうに目元緩ませやがって。営業一課のキレ味抜群のエースはどこ行ったんだよ」
つい数日前まで、泥沼のような焦燥感と後悔にのたうち回っていた蓮の姿は、そこには影も形もなかった。今の蓮にあるのは、世界で一番大切な宝物をようやく手に入れ、ただひたすらにそれを愛おしそうに慈しむ、男としてのこの上ない充実感だけだった。
「でも、本当によかった」
聖良はトーンを少し落とし、優しく微笑んだ。
「真白、ずっと一人で戦って、オタクの趣味も『恥ずかしいから隠さなきゃ』って、自分で自分に重い仮面を被せてたから。神尾くんがあの仮面を剥ぎ取って、その中身ごと本気で愛してくれて……あの子、今すごく幸せそう」
「だな。神尾も、あのひねくれた性格を真っ直ぐに叩き直してくれるのは乾さんしかいなかったんだ。これで少しは人間らしくなるだろ」
佐伯がジョッキグラス(お冷だが)を聖良のグラスに軽く合わせる。
「さて、それじゃあ邪魔者は退散しますか」
「賛成。あんまり見せつけられると、こっちまで胃もたれするしね」
ふたりは席を立ち、楽しそうに笑い合いながら、まだ自分たちの世界に入り込んでいる真白と蓮の邪魔をしないよう、静かにカフェテリアを後にした。
その頃、窓際の席では。
「……神尾さん、さっきから見つめすぎです。誰かに見られたらどうするんですか」
「いいですよ、別に。俺は乾さんの彼氏なんだから、これくらい普通です」
「む、無理です! まだ心の準備が……っ」
お弁当のブロッコリーを口に放り込み、慌てて顔を真っ赤にする真白を見て、蓮はやはり、世界一愛おしそうに声を立てて笑うのだった。