オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

週が明けても、神尾蓮による『乾真白・鉄壁防御システム』は完璧に稼働し続けていた。
真白が残業になりそうな気配を察すると、営業一課からすっと蓮が現れ、
「乾さん、この役員会議の議事録整理、営業側でデータ化しておきました。確認だけお願いできますか?」
と、最も手のかかる作業を終わらせて持ってくる。
おかげで真白はこの1週間、定時の17時半ぴったりに退社し、週末を含めてお気に入りのゲーム『アルケディア・クロニクル』の新イベントを心ゆくまで満喫できていた。
(……おかしい。完璧に、仕事が回りすぎている)
自宅のベッドでコントローラーを置き、真白は天井を見つめた。
今まではどんなに効率的に仕事をこなしても、他部署との調整や細かい突発業務で週に数時間は残業が発生していたのだ。
それが今や、完全にゼロ。
さらに、社内の男性社員から、
「乾さん、今度新しくできたカフェ、一緒に――」
などと声をかけられそうになると、どこからともなく蓮が現れ、「あ、〇〇先輩、ちょうど探してたんですよ! 先日のシンガポールの件なんですが……」と、爽やかに、しかし確実に相手を連れ去っていく。
最初は「またからかわれているのか」と警戒していた真白だったが、彼の徹底した『影のナイト』ぶりに、徐々に困惑のグラデーションが混ざり始めていた。
(あんなに冷徹で、プライベートでは笑いもしない二重人格男なのに……どうしてここまで私に尽くすの?)
その答えは、思わぬところから明かされることになる。
金曜日の18時。
誰もいなくなったオフィスで、真白は常務から急に頼まれたファイルを共有フォルダに格納するため、営業一課が管理するサーバーのログを開いた。
営業部員たちが格納したデータがずらりと並ぶ中、ふと、昨日蓮が真白に渡してくれた「営業側で整理した議事録データ」の更新履歴が目に留まる。
「え……?」
真白は画面を凝視した。
そのデータの最終更新日時は――昨日の午前3時15分。
作成者は、神尾蓮。
さらに他のデータも確認すると、ここ数日間、蓮が真白の代わりに引き取っていった面倒なタスクの数々は、すべて彼が深夜に、あるいは早朝に一人で出社して処理したものだった。
(神尾さん、自分の本業を完璧にこなした上で……夜中に、私の仕事を代わりにやってくれていたの?)
彼は社内ではいつもと変わらない、涼しげで完璧な「王子様」の顔をして、真白をサポートしていた。
その裏で、睡眠時間を削り、泥臭く這いつくばるようにして、真白の「平穏な定時退社」を守っていたのだ。
言葉での安易な言い訳や、押し付けがましい謝罪は一切ない。
ただ、自分が真白から奪ってしまった「ゲームを楽しめる、誰にも邪魔されない時間」を、自分の身を削ってでも補填しようとする、彼の不器用で必死な誠意の塊がそこにあった。
「……バカじゃないの、本当に」
誰もいないオフィスで、真白はぽつりと呟いた。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように痛む。
鉄壁だった彼女の仮面に、明確な「綻び」が生まれ始めていた。