オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

「神尾、乾さんへの謝罪、どうだった?」
エレベーター前で、佐伯が心配そうに小声で尋ねてきた。
蓮は手に持っていたクリアファイルをきつく握りしめ、いつもの営業用の笑みを作ることすら忘れて、静かに首を振った。
「……完全に拒絶された。取り付く島もないくらい、完璧な秘書の顔でね。怒られるより、ずっと堪える」
「まあな。そりゃそうだろ。無理やりキスした男が近づいてきたら、普通は警戒マックスだ。でも、乾さんのことだから、余計に仕事に影響出さないように気張ってんだよ」
「分かってる。だからこそ、今は言葉での謝罪や言い訳なんて、彼女にとってはただのノイズだ」
蓮は深く息を吐き出し、24階へと続く表示ランプを見上げた。
真白は恋愛に興味がなく、自分のオタク趣味と完璧な秘書としてのプライベートの平穏を何より愛している。
ならば、自分が今すべきことは何か。
「好きだ」と付きまとうことでも、無理に弁明することでもない。
彼女が愛している「完璧な仕事」と「誰にも邪魔されない平穏な日常」を、影から徹底的に守り抜くこと。言葉ではなく、行動で自分の誠意を示すことだ。
それから数日間、蓮の行動は徹底していた。
役員フロアから回ってくるどんなに理不尽な営業への要求も、蓮は真白を介さず、すべて自分が直接引き受けて処理した。真白の負担を1ミリでも減らすためだ。
さらに、真白が役員フロアでコピーを取っている時や、他の男性社員が彼女に馴れ馴れしく話しかけようとしているのを察知すると、すっと間に割って入り、爽やかな笑顔(しかし目は全く笑っていない冷徹な目)でその社員を仕事の話で連れ去った。
「乾さん、お疲れ様です。……あ、これ、常務へ提出する資料、私が直接届けておきましたので、お気になさらず」
「あ……ありがとうございます、神尾さん」
真白は戸惑ったような顔をしながらも、完璧なポーカーフェイスで一礼する。
それ以上の私語は一切挟まない。
近づきすぎず、遠ざからず。ただ、彼女が仕事を最もスムーズにこなせるように、蓮は陰ながら完璧な「防壁」として立ち回り続けた。
(これでいい。俺のことは、視界の隅に入っているだけでもいい)
営業一課に戻り、デスクに座った蓮は、冷徹な無表情のままタスクを処理していく。
これまで、女性の機嫌を取るために頭を下げたことなど一度もなかった。
けれど不思議と、真白の平穏のために奔走する毎日は、蓮の心をこれまでにないほど満たしていた。
「神尾、本当に詐欺男子の化けの皮が剥がれたら、ただのストイックな一途野郎だな……」
隣の席から佐伯が呆れたように呟くのを、蓮は聞こえないふりで受け流し、真白が愛する「ゲームのプレイ時間」を少しでも確保できるようにと、自らの仕事の手を極限まで早めるのだった。