オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

真白が去った後のテラスには、冷たい夜風だけが吹き抜けていた。
神尾蓮は、真白に突き飛ばされた姿勢のまま、自分の右手をじっと見つめて立ち尽くしていた。
指先には、まだ彼女の顎の柔らかい感触が残っている。
そして唇には――彼女が流した、冷たくて悲しい涙の味が、痛いほどこびりついていた。
「……クソっ」
蓮は手すりに拳を叩きつけた。彼らしくもない、感情を露わにした乱暴な仕草だった。
どうして、あんなことをしてしまったのか。
完璧で、合理的で、常に状況をコントロールできるはずの自分が、乾真白を前にすると、すべてのブレーキが壊れてしまう。
仕事が完璧な彼女。お人好しな彼女。ゲームに夢中で唇を尖らせる愛らしい彼女。
他のどんな女を見ても動かなかった冷めた心が、彼女を前にすると、異常なまでの独占欲と一途な執着心で支配された。
『乾さんも来てくれないと、僕が寂しいな』
そう言って誘い出し、テラスへ連れ出したまでは良かった。
だが、真白が「ビジネスライクな態度」を崩さず、自分をただの「神尾さん」としてしか見ていないことに、酷く焦ってしまったのだ。
男として、自分の存在を彼女の頭の中に刻み込みたかった。その結果が、あれだ。
「泣かせるつもりなんて、なかった……」
これまで、多くの女性と軽い恋愛を経験してきた。女性を泣かせたことなど、いくらでもある。だが、その時の蓮の心は常に凪いでいて、一ミリの痛みも感じなかった。
なのに、今、胸の奥が引きちぎられそうなほどに痛い。
彼女のあの、酷く傷ついた、拒絶に満ちた泣き顔が、頭から離れない。
「神尾? どうした、乾さん急に帰っちゃったけど……って、お前、なんだその顔」
佐伯がテラスに様子を見に来て、蓮の顔を見て絶句した。
いつもの「爽やかな王子様」の仮面は完全に剥がれ落ち、そこには今にも消え入りそうな、みっともなく後悔に歪んだ一人の男の顔があった。
「佐伯。……俺、最低なことした」
蓮は掠れた声で呟き、髪を乱暴にかきむしった。
彼女に嫌われた。その事実が、これまでの人生で一度も味わったことのないほどの絶望となって、蓮の胸に重くのしかかっていた。