オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される

「ん……っ!?」
頭の中が真っ白になった。
鼻先をくすぐる、蓮が纏う上質なコロンの香りと、お酒の甘い匂い。唇に押し当てられた、柔らかくて、驚くほど熱い皮膚の感触。
蓮のキスは、最初は触れるだけの優しいものだったが、真白が硬直しているのを察すると、さらに深く、吸い込むように角度を変えて重ねられた。
恋愛未経験の真白にとって、それは人生で初めて経験する「他人の体温」だった。
けれど、心に湧き上がってきたのは、甘いときめきなどでは到底なかった。
(なんで……?)
別に、ファーストキスをファンタジー小説のように、ロマンチックに後生大事に取っておいたわけではない。
ただ、いつかそんな日が来るとしたら。
オタクで、ズボラで、残念な自分を丸ごと全部「大好きだ」と言ってくれる、自分も心の底から大好きになった人と、特別で温かい部屋でするんだろうな。なんとなく、そんな風に夢見ていただけだった。
それなのに。
会社の、よく意図も分からない、手の届かない完璧王子。
自分を「ゲームのオタク姿を見られて、からかわれている」としか思えない相手に、こんな薄暗い居酒屋のテラスで、強引に奪われてしまった。
「……っ、ふ、ぅ……っ」
蓮の肩を押し返そうとした瞬間、真白の目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
一度溢れた涙は止まらず、真白の頬を濡らし、ふたりの重なり合う唇の隙間に滑り込んでいく。
「――っ!?」
唇に伝わる涙の塩気に気づいた蓮が、弾かれたように顔を離した。
蓮の目は驚愕に見開かれ、いつもの完璧なポーカーフェイスは完全に崩壊していた。
真白は何も言わなかった。
「神尾さんのバカ」と叫ぶことも、ビンタをすることもできなかった。
ただ、ポロポロと涙を流しながら、信じられないものを見るような、酷く傷ついた瞳で蓮を見つめた。
そして、唖然と立ち尽くす蓮の胸を、ありったけの力で突き飛ばした。
「乾さ――」
蓮の手が空を切る。
真白はバッグをひったくるように抱えると、ガラス扉を開け、宴会中の同僚たちに目もくれず、脱兎のごとく夜の街へと走り去っていった。