金曜日の夜。新橋の少し高めの創作和食居酒屋で、営業一課と秘書課の合同懇親会が開催されていた。
「乾さん、本当に今回のサポート助かったよ!」
「神尾とのコンビ、最高だったね!」
ビールやサワーのグラスが飛び交う賑やかな席で、真白は完璧な秘書の微笑みを浮かべながら、お酌や料理の取り分けをスマートにこなしていた。
しかし、内心は限界だった。
目の前のテーブルでは、神尾蓮がいつも通り、誰もが憧れるような爽やかな笑顔で、後輩女子や他部署の先輩たちに囲まれて楽しそうに談笑している。
(やっぱり、あのエレベーターでの言葉はからかわれただけだわ。お酒の席でも、彼は私に話しかけてすらこないもの。……私、本当にバカみたい)
週末のゲームのことで頭をいっぱいにしたかったのに、この数日間、彼の一挙一動に振り回されていた自分が無性に恥ずかしく、そして負けず嫌いな心がズキズキと痛んだ。
「――乾さん。ちょっと、顔赤いですよ。大丈夫ですか?」
不意に、少し離れた席から蓮が立ち上がり、真白の横に歩み寄ってきた。
「あ、神尾さん。いえ、お酒はほとんど飲んでいませんから、平気です」
「外の空気を吸いに行きませんか。少し、熱気がこもっていますし」
蓮はそう言うと、周囲に「ちょっと失礼しますね」と爽やかに断りを入れ、テラス席へと続くガラス扉を開けた。
真白は一瞬ためらったが、息苦しい室内に留まるのも限界で、吸い寄せられるように蓮の後を追って夜風の吹くテラスへと出た。
オフィス街のビル群の夜景が眼下に広がる。
「ふぅ……」
真白が小さく息を吐き出すと、隣に立った蓮が、静かに手すりに手をかけた。
会社の喧騒から切り離された薄暗いテラス。ふたりきり。
「乾さん」
「はい……」
「仕事のサポート、明日で終わりですね。正直、すごく寂しいです」
蓮の声が、いつも社内で聞くハリのある営業用のトーンとは明らかに違っていた。
低くて、少し掠れていて、まるで夜の闇に溶け込んでしまいそうな、冷たくて熱い「男」の声。
「……何をおっしゃるんですか。私はただのサポートです。神尾さんのような優秀な営業の方なら、誰がアシスタントでも――」
「誰でも良くないです」
蓮が、真白の方へゆっくりと一歩、踏み出す。
「俺は、乾さんが良かった。乾さんじゃなきゃ、嫌だ」
「え……っ」
真白が驚きに目を見開いた瞬間、蓮の長い指先が、真白の顎を優しく、だけど拒めない力強さで上向かせた。
至近距離で見つめる蓮の瞳は、いつも社内で見せる完璧王子のものではなかった。どこか飢えたような、ひどく真剣な、一人の男の目だった。
「神尾、さ――」
言葉を紡ごうとした真白の唇は、次の瞬間、蓮の熱い唇によって完全に塞がれた。
「乾さん、本当に今回のサポート助かったよ!」
「神尾とのコンビ、最高だったね!」
ビールやサワーのグラスが飛び交う賑やかな席で、真白は完璧な秘書の微笑みを浮かべながら、お酌や料理の取り分けをスマートにこなしていた。
しかし、内心は限界だった。
目の前のテーブルでは、神尾蓮がいつも通り、誰もが憧れるような爽やかな笑顔で、後輩女子や他部署の先輩たちに囲まれて楽しそうに談笑している。
(やっぱり、あのエレベーターでの言葉はからかわれただけだわ。お酒の席でも、彼は私に話しかけてすらこないもの。……私、本当にバカみたい)
週末のゲームのことで頭をいっぱいにしたかったのに、この数日間、彼の一挙一動に振り回されていた自分が無性に恥ずかしく、そして負けず嫌いな心がズキズキと痛んだ。
「――乾さん。ちょっと、顔赤いですよ。大丈夫ですか?」
不意に、少し離れた席から蓮が立ち上がり、真白の横に歩み寄ってきた。
「あ、神尾さん。いえ、お酒はほとんど飲んでいませんから、平気です」
「外の空気を吸いに行きませんか。少し、熱気がこもっていますし」
蓮はそう言うと、周囲に「ちょっと失礼しますね」と爽やかに断りを入れ、テラス席へと続くガラス扉を開けた。
真白は一瞬ためらったが、息苦しい室内に留まるのも限界で、吸い寄せられるように蓮の後を追って夜風の吹くテラスへと出た。
オフィス街のビル群の夜景が眼下に広がる。
「ふぅ……」
真白が小さく息を吐き出すと、隣に立った蓮が、静かに手すりに手をかけた。
会社の喧騒から切り離された薄暗いテラス。ふたりきり。
「乾さん」
「はい……」
「仕事のサポート、明日で終わりですね。正直、すごく寂しいです」
蓮の声が、いつも社内で聞くハリのある営業用のトーンとは明らかに違っていた。
低くて、少し掠れていて、まるで夜の闇に溶け込んでしまいそうな、冷たくて熱い「男」の声。
「……何をおっしゃるんですか。私はただのサポートです。神尾さんのような優秀な営業の方なら、誰がアシスタントでも――」
「誰でも良くないです」
蓮が、真白の方へゆっくりと一歩、踏み出す。
「俺は、乾さんが良かった。乾さんじゃなきゃ、嫌だ」
「え……っ」
真白が驚きに目を見開いた瞬間、蓮の長い指先が、真白の顎を優しく、だけど拒めない力強さで上向かせた。
至近距離で見つめる蓮の瞳は、いつも社内で見せる完璧王子のものではなかった。どこか飢えたような、ひどく真剣な、一人の男の目だった。
「神尾、さ――」
言葉を紡ごうとした真白の唇は、次の瞬間、蓮の熱い唇によって完全に塞がれた。



