金曜日の午後17時30分。定時。
真白は完璧な段取りで仕事を片付け、速攻でエレベーターホールへと向かった。
今日は金曜日。余計なトラブルに巻き込まれる前に、一秒でも早く帰宅してログインしなければならない。
チン、と静かにドアが開き、真白は滑り込むようにエレベーターに乗った。
幸い、中は誰もいない。
(よし、貸し切り! このまま一気に1階まで――)
そう思った瞬間、閉まりかけたドアの間に、スッと細く綺麗な手が差し込まれた。
センサーが反応し、ゆっくりとドアが開く。
「あ、すみません。乗せて――」
入ってきた人物を見て、真白は息を呑んだ。
トレンチコートを小粋に羽織り、スマートなビジネスバッグを持った男。神尾蓮だった。
「……あ」
蓮は真白を見ると、いつもの爽やかな営業スマイルをふっと消し、すっとドアを閉めるボタンを押した。
ガタ、とエレベーターが動き出す。密室に、ふたりきり。
真白は前を向いたまま、心臓が今までにないほど騒がしく波打つのを感じていた。
聖良から聞いた「リサーチされている」という話が頭をよぎり、全身の毛穴が収縮するような緊張感が走る。
重苦しい沈黙が数秒、続いた。
エレベーターが20階を通過したあたりで、蓮が静かに口を開いた。その声は、いつも社内で聞くハリのある声ではなく、低くて少しハスキーな「素のトーン」だった。
「乾さん」
「……はい、何でしょうか。神尾さん」
真白は極めて冷淡に、プロの秘書として応じた。
「コラボチョコ、もう食べた?」
その質問に、真白の肩が小さく跳ねる。
「……ええ。大変美味しくいただきました。貴重なものをありがとうございました」
「そ。なら良かった」
蓮は真白の方に一歩、音もなく近づいた。エレベーターの壁に真白の背中が近づく。
「あのさ。なんでそんなに、俺のこと警戒してるの? 会社ですれ違うとき、あからさまに目を合わせないようにしてるよね」
「そのような事実はございません。仕事中の私的な接触を避けているだけです」
「ふーん……。仕事中、ねぇ」
蓮はふっと、真白の耳元に顔を近づけた。
真白は逃げようとしたが、蓮の長い腕がすっと真白の横の壁に突かれ、退路を塞がれる。
(か、壁ドーーーン!!)
上質なコロンの香りと、蓮の体温が至近距離で伝わってきて、真白は目を見開いた。
「じゃあ、仕事が終わったら、少しは俺のこと見てくれる?」
「……えっ」
「月曜日、待ってて。乾さんが『絶対に断れない仕事』を持って、君のところに行くから」
チーン。
無慈悲にもエレベーターが1階に到着し、ドアが開いた。
蓮は悪戯っぽく、だけど男らしい熱を帯びた瞳で真白を一度だけ見つめると、何事もなかったかのように「お先に失礼します」と爽やかな声を響かせて、颯爽とエントランスへ消えていった。
残された真白は、開いたドアの前で、赤くなった顔を両手で覆い、へなへなと崩れ落ちそうになっていた。
(仕事って、何……!? ていうか、今の距離感、何なのよバカ――ッ!!)
恋愛未経験オタク女子・乾真白の、平穏な日常が、ついに根底から揺らぎ始めていた。
真白は完璧な段取りで仕事を片付け、速攻でエレベーターホールへと向かった。
今日は金曜日。余計なトラブルに巻き込まれる前に、一秒でも早く帰宅してログインしなければならない。
チン、と静かにドアが開き、真白は滑り込むようにエレベーターに乗った。
幸い、中は誰もいない。
(よし、貸し切り! このまま一気に1階まで――)
そう思った瞬間、閉まりかけたドアの間に、スッと細く綺麗な手が差し込まれた。
センサーが反応し、ゆっくりとドアが開く。
「あ、すみません。乗せて――」
入ってきた人物を見て、真白は息を呑んだ。
トレンチコートを小粋に羽織り、スマートなビジネスバッグを持った男。神尾蓮だった。
「……あ」
蓮は真白を見ると、いつもの爽やかな営業スマイルをふっと消し、すっとドアを閉めるボタンを押した。
ガタ、とエレベーターが動き出す。密室に、ふたりきり。
真白は前を向いたまま、心臓が今までにないほど騒がしく波打つのを感じていた。
聖良から聞いた「リサーチされている」という話が頭をよぎり、全身の毛穴が収縮するような緊張感が走る。
重苦しい沈黙が数秒、続いた。
エレベーターが20階を通過したあたりで、蓮が静かに口を開いた。その声は、いつも社内で聞くハリのある声ではなく、低くて少しハスキーな「素のトーン」だった。
「乾さん」
「……はい、何でしょうか。神尾さん」
真白は極めて冷淡に、プロの秘書として応じた。
「コラボチョコ、もう食べた?」
その質問に、真白の肩が小さく跳ねる。
「……ええ。大変美味しくいただきました。貴重なものをありがとうございました」
「そ。なら良かった」
蓮は真白の方に一歩、音もなく近づいた。エレベーターの壁に真白の背中が近づく。
「あのさ。なんでそんなに、俺のこと警戒してるの? 会社ですれ違うとき、あからさまに目を合わせないようにしてるよね」
「そのような事実はございません。仕事中の私的な接触を避けているだけです」
「ふーん……。仕事中、ねぇ」
蓮はふっと、真白の耳元に顔を近づけた。
真白は逃げようとしたが、蓮の長い腕がすっと真白の横の壁に突かれ、退路を塞がれる。
(か、壁ドーーーン!!)
上質なコロンの香りと、蓮の体温が至近距離で伝わってきて、真白は目を見開いた。
「じゃあ、仕事が終わったら、少しは俺のこと見てくれる?」
「……えっ」
「月曜日、待ってて。乾さんが『絶対に断れない仕事』を持って、君のところに行くから」
チーン。
無慈悲にもエレベーターが1階に到着し、ドアが開いた。
蓮は悪戯っぽく、だけど男らしい熱を帯びた瞳で真白を一度だけ見つめると、何事もなかったかのように「お先に失礼します」と爽やかな声を響かせて、颯爽とエントランスへ消えていった。
残された真白は、開いたドアの前で、赤くなった顔を両手で覆い、へなへなと崩れ落ちそうになっていた。
(仕事って、何……!? ていうか、今の距離感、何なのよバカ――ッ!!)
恋愛未経験オタク女子・乾真白の、平穏な日常が、ついに根底から揺らぎ始めていた。



