火曜日の午後3時。
真白は、役員フロアの給湯室で、常務のお茶を用意していた。
「ふぅ、今日も今のところ平和……」
心の中でそう呟き、お盆を持った時だった。
「乾さん」
不意に背後から声をかけられ、真白は肩を跳ね上げた。
振り返ると、そこには営業一課の神尾蓮が立っていた。
手には、役員宛ての承認書類のファイルを持っている。
「神、お……神尾さん。お疲れ様です。書類の提出ですか?」
「ええ。それと……これを、乾さんに」
蓮は書類ファイルの陰から、小さな、しかし上品なロイヤルブルーの紙袋を取り出し、真白の目の前に差し出した。
それは、今まさにSNSやオタク界隈で超話題になっている、高級ショコラティエと真白が熱愛するアニメ『プリンセス・オブ・ファンタージア』がコラボした、完全予約限定のプレミアムチョコレート缶だった。
「えっ……!? こ、これ……っ」
真白の「秘書の仮面」がピキリと音を立ててひび割れた。
このコラボチョコ、予約開始から3分で完売し、オークションサイトでは数倍の値がついている幻の品だ。
真白も予約戦争に敗れ、悔し涙を流したばかりだった。
「これ、今日の会議のお礼です。資料、すごく助かりました。乾さんがいなければ、役員への説明が滞るところでした」
蓮はそう言って、非の打ち所がない、眩しいほどの爽やかスマイルを浮かべた。
「い、いえ、そんな! 私はただ、落ちていた資料を整理しただけで……こんな高価なもの、受け取れません!」
「いいえ、受け取ってください。うちの部署のコンペ成功の立役者は乾さんです。それに……」
蓮は一歩、真白に近づいた。
給湯室の狭い空間に、蓮の纏う上質なコロンの香りが満ちる。
蓮は真白の耳元に顔を寄せると、周りに聞こえないほどの極小の、冷たくて甘い「素の声」で囁いた。
「これ、乾さんが大好きなアニメのやつでしょう? 髪を振り乱して必死にゲームするくらいだし、喜んでくれると思って」
「っ……!!」
真白の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
バラされたくない弱みを握られている。
しかも、その弱みをこんなにもピンポイントで、かつ魅力的に突いてくるなんて、この男、恐ろしすぎる。
「じゃあ、お疲れ様です」
蓮は真白の手にすっと紙袋を握らせると、何事もなかったかのように爽やかに微笑み、給湯室を去っていった。
残された真白は、高級チョコ缶を抱きしめたまま、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にして立ち尽くすしかなかった。
真白は、役員フロアの給湯室で、常務のお茶を用意していた。
「ふぅ、今日も今のところ平和……」
心の中でそう呟き、お盆を持った時だった。
「乾さん」
不意に背後から声をかけられ、真白は肩を跳ね上げた。
振り返ると、そこには営業一課の神尾蓮が立っていた。
手には、役員宛ての承認書類のファイルを持っている。
「神、お……神尾さん。お疲れ様です。書類の提出ですか?」
「ええ。それと……これを、乾さんに」
蓮は書類ファイルの陰から、小さな、しかし上品なロイヤルブルーの紙袋を取り出し、真白の目の前に差し出した。
それは、今まさにSNSやオタク界隈で超話題になっている、高級ショコラティエと真白が熱愛するアニメ『プリンセス・オブ・ファンタージア』がコラボした、完全予約限定のプレミアムチョコレート缶だった。
「えっ……!? こ、これ……っ」
真白の「秘書の仮面」がピキリと音を立ててひび割れた。
このコラボチョコ、予約開始から3分で完売し、オークションサイトでは数倍の値がついている幻の品だ。
真白も予約戦争に敗れ、悔し涙を流したばかりだった。
「これ、今日の会議のお礼です。資料、すごく助かりました。乾さんがいなければ、役員への説明が滞るところでした」
蓮はそう言って、非の打ち所がない、眩しいほどの爽やかスマイルを浮かべた。
「い、いえ、そんな! 私はただ、落ちていた資料を整理しただけで……こんな高価なもの、受け取れません!」
「いいえ、受け取ってください。うちの部署のコンペ成功の立役者は乾さんです。それに……」
蓮は一歩、真白に近づいた。
給湯室の狭い空間に、蓮の纏う上質なコロンの香りが満ちる。
蓮は真白の耳元に顔を寄せると、周りに聞こえないほどの極小の、冷たくて甘い「素の声」で囁いた。
「これ、乾さんが大好きなアニメのやつでしょう? 髪を振り乱して必死にゲームするくらいだし、喜んでくれると思って」
「っ……!!」
真白の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
バラされたくない弱みを握られている。
しかも、その弱みをこんなにもピンポイントで、かつ魅力的に突いてくるなんて、この男、恐ろしすぎる。
「じゃあ、お疲れ様です」
蓮は真白の手にすっと紙袋を握らせると、何事もなかったかのように爽やかに微笑み、給湯室を去っていった。
残された真白は、高級チョコ缶を抱きしめたまま、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にして立ち尽くすしかなかった。



