末山愛斗は生まれつき貧血を抱えていた。
三ヶ月に一度は必ず病院へ通い、ひどくなると立ち上がることもままならず、何日も寝込んでしまうこともある。体がだるく、息も苦しくて、もう嫌になることが何度もあった。
だけど愛斗には、いつも心の支えがあった。
麻倉未稀——。
若き日に『スクールウォーズ』の主題歌『ヒーロー』が大ヒットし、今も多くの人に愛され続けている、憧れの歌手だ。あの力強くも優しい歌声が、どれほど自分を励ましてくれたか知れない。
二年前、未稀は乳がんを発症した。幸い発見が早く、命は救われたものの、それから辛い治療が続いていると聞いた。それを知ったとき、愛斗は思った。「彼女がこんなに頑張っているのに、僕が弱音を吐いている場合じゃない」——それからは、どれほど体調が悪くても、彼女がいるから頑張れた。
テレビやラジオで歌声を聴けるだけで十分だ、それだけで幸せだと思っていた。だが、思いがけない運命の出会いが、突然訪れた。
その日も愛斗は診察を待っていた。ふと顔を上げると、マスクをし、普段着に帽子をかぶった女性が歩いてくる。どんな姿でも、その佇まいと目の輝きは見間違えるはずもなく——愛斗は一瞬で麻倉未稀だと気づいた。
勇気を出して近づき、声をかけた。
「あのっ……もしかして麻倉未稀さんですか? 僕、昔からずっと、未稀さんの大ファンなんです!」
未稀は少し驚いたように目を見開き、それから柔らかく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。こんな姿ですみません。ファンの方にお会いできて、本当に嬉しいです」
そのまま少しずつ話が弾み、お互いに同じ病院に通っていること、愛斗が貧血で悩んでいること、未稀が治療を続けていることも打ち明けた。別れ際には「またお話ししましょう」と連絡先まで交換してくれた。
診察を終えて家に帰ると、嬉しくて胸がいっぱいになった。憧れの人に会えただけでなく、言葉を交わし、連絡までできたなんて——。その夜は届いたLINEを読み返しながら、やがて安らかな気持ちで眠りについた。
朝になり、愛斗は買い物にスーパーへ向かった。すると先ほどの道端に、未稀と石井明美の姿が見えた。二人を眺めていると、見知らぬ男たちが近づき、しつこく声をかけ始めた。
「お姉さんたち、綺麗だね。飲みに行こうよ」
「結構です。急いでいるので」
断ってもなお、男たちは身を乗り出し、二人の行く手を塞ぐ。困り果てている様子を見て、愛斗は迷わず駆け寄った。
「嫌がってるじゃないですか。やめてください」
「なんだお前、部外者は黙ってろ!」
「嫌がってる人を追い詰めるのは、どう考えてもおかしいだろ!」
男の一人が愛斗に殴りかかろうとした。だが愛斗は咄嗟に体をかわし、軽くいなすと、男たちはたじろぎ、そのまま一目散に逃げていった。
「大丈夫ですか?」
愛斗が声をかけると、未稀は安堵した面持ちで、そっと愛斗の手を握りしめた。
「本当にありがとう。助けてもらったわ」
「いえ、お気になさらないで」
未稀は隣の明美に愛斗を紹介し、「助けてもらったお礼に」と近くのカフェへ誘ってくれた。一時間ほど、音楽のことや病気のこと、他愛もない話で笑い合い、明美が先に帰宅した。
未稀もそろそろ帰ろうと立ち上がり、「それじゃあ、またね」と柔らかく手を振った。その背中を見て、愛斗は胸の奥につかえていた想いがあふれ出すのを感じ、思い切って呼び止めた。
「あのっ、未稀さん! 少しだけ、話があるんです」
未稀は振り返り、優しく彼を見つめた。
「なあに?」
愛斗は大きく深呼吸し、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて、心のすべてを言葉にした。
「僕……最初はただのファンでした。未稀さんの歌が、どれほど僕の支えになってくれたか、数えきれません。でも病院で会って、話をして、一緒にいるうちに、ファンとしてじゃなく、一人の人間として、未稀さんのことを愛するようになりました。辛いときも、嬉しいときも、これからはずっと僕がそばにいたい。僕と……付き合ってください」
言い終わったとき、愛斗の手は緊張で震えていた。だけど未稀は、目にうるみを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
「愛斗くん……ありがとう。私も同じよ。あなたがそばにいてくれるだけで、どれほど心が強くなれたか。私も、あなたと一緒に歩いていきたいです」
通い慣れた病院へ続く道が、今では二人をつなぐ、かけがえのない道になった。お互いの痛みを知り、勇気を与え合いながら、二人の新しい日々が、穏やかに始まった——。
三ヶ月に一度は必ず病院へ通い、ひどくなると立ち上がることもままならず、何日も寝込んでしまうこともある。体がだるく、息も苦しくて、もう嫌になることが何度もあった。
だけど愛斗には、いつも心の支えがあった。
麻倉未稀——。
若き日に『スクールウォーズ』の主題歌『ヒーロー』が大ヒットし、今も多くの人に愛され続けている、憧れの歌手だ。あの力強くも優しい歌声が、どれほど自分を励ましてくれたか知れない。
二年前、未稀は乳がんを発症した。幸い発見が早く、命は救われたものの、それから辛い治療が続いていると聞いた。それを知ったとき、愛斗は思った。「彼女がこんなに頑張っているのに、僕が弱音を吐いている場合じゃない」——それからは、どれほど体調が悪くても、彼女がいるから頑張れた。
テレビやラジオで歌声を聴けるだけで十分だ、それだけで幸せだと思っていた。だが、思いがけない運命の出会いが、突然訪れた。
その日も愛斗は診察を待っていた。ふと顔を上げると、マスクをし、普段着に帽子をかぶった女性が歩いてくる。どんな姿でも、その佇まいと目の輝きは見間違えるはずもなく——愛斗は一瞬で麻倉未稀だと気づいた。
勇気を出して近づき、声をかけた。
「あのっ……もしかして麻倉未稀さんですか? 僕、昔からずっと、未稀さんの大ファンなんです!」
未稀は少し驚いたように目を見開き、それから柔らかく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。こんな姿ですみません。ファンの方にお会いできて、本当に嬉しいです」
そのまま少しずつ話が弾み、お互いに同じ病院に通っていること、愛斗が貧血で悩んでいること、未稀が治療を続けていることも打ち明けた。別れ際には「またお話ししましょう」と連絡先まで交換してくれた。
診察を終えて家に帰ると、嬉しくて胸がいっぱいになった。憧れの人に会えただけでなく、言葉を交わし、連絡までできたなんて——。その夜は届いたLINEを読み返しながら、やがて安らかな気持ちで眠りについた。
朝になり、愛斗は買い物にスーパーへ向かった。すると先ほどの道端に、未稀と石井明美の姿が見えた。二人を眺めていると、見知らぬ男たちが近づき、しつこく声をかけ始めた。
「お姉さんたち、綺麗だね。飲みに行こうよ」
「結構です。急いでいるので」
断ってもなお、男たちは身を乗り出し、二人の行く手を塞ぐ。困り果てている様子を見て、愛斗は迷わず駆け寄った。
「嫌がってるじゃないですか。やめてください」
「なんだお前、部外者は黙ってろ!」
「嫌がってる人を追い詰めるのは、どう考えてもおかしいだろ!」
男の一人が愛斗に殴りかかろうとした。だが愛斗は咄嗟に体をかわし、軽くいなすと、男たちはたじろぎ、そのまま一目散に逃げていった。
「大丈夫ですか?」
愛斗が声をかけると、未稀は安堵した面持ちで、そっと愛斗の手を握りしめた。
「本当にありがとう。助けてもらったわ」
「いえ、お気になさらないで」
未稀は隣の明美に愛斗を紹介し、「助けてもらったお礼に」と近くのカフェへ誘ってくれた。一時間ほど、音楽のことや病気のこと、他愛もない話で笑い合い、明美が先に帰宅した。
未稀もそろそろ帰ろうと立ち上がり、「それじゃあ、またね」と柔らかく手を振った。その背中を見て、愛斗は胸の奥につかえていた想いがあふれ出すのを感じ、思い切って呼び止めた。
「あのっ、未稀さん! 少しだけ、話があるんです」
未稀は振り返り、優しく彼を見つめた。
「なあに?」
愛斗は大きく深呼吸し、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて、心のすべてを言葉にした。
「僕……最初はただのファンでした。未稀さんの歌が、どれほど僕の支えになってくれたか、数えきれません。でも病院で会って、話をして、一緒にいるうちに、ファンとしてじゃなく、一人の人間として、未稀さんのことを愛するようになりました。辛いときも、嬉しいときも、これからはずっと僕がそばにいたい。僕と……付き合ってください」
言い終わったとき、愛斗の手は緊張で震えていた。だけど未稀は、目にうるみを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
「愛斗くん……ありがとう。私も同じよ。あなたがそばにいてくれるだけで、どれほど心が強くなれたか。私も、あなたと一緒に歩いていきたいです」
通い慣れた病院へ続く道が、今では二人をつなぐ、かけがえのない道になった。お互いの痛みを知り、勇気を与え合いながら、二人の新しい日々が、穏やかに始まった——。

