「……おのれ。おのれぇぇっ!!」
しかし、権力に執着する老人が、これであっさりと引き下がるはずがなかった。
プライドをズタズタにされた宰相が、血走った目で私を、そしてレオンさんを睨みつける。
「こうなれば手段は選ばん……! やれ!! 転生乙女を捕縛せよ!!」
宰相が叫んだ瞬間。
会議室の窓ガラスがけたたましい音を立てて砕け散り、宰相の私兵たちらしき悪漢が、一斉に私を目指して飛び込んできた。
ギラリと光る凶刃を持った男たちが、真っ直ぐに私へと向かってくる。
避けられない。
そう思って私が身を強張らせた、その刹那。
「――俺のユフィに、何をしている」
地獄の底から響くような、低く――掠れた声。
私の体は、強引にぐいっと引き寄せられたかと思うと、レオンさんの分厚い胸板の中にすっぽりと閉じ込められた。
彼の大きな手が私の後頭部を抱え込み、漆黒のマントで私の視界を完全に塞ぐ。
「レ、レオンさん?」
「見なくていい。お前の綺麗な目が汚れるからな」
頭上から降ってきたのは、私を安心させるような、ひどく甘くて優しい声だった。
しかし、視界を塞がれた私の肌を撫でたのは、凍りつきそうなほどの恐ろしい冷気だ。
マントの向こう側で何が起きているのか、私には見えない。
ただ、ピキィィィィンッ!という、空間そのものが凍りつくような甲高い音が響き渡り、空中で悪漢たちの動きがピタッと止まる気配だけがした。
「な、なんだこれは……っ!? 体が、動か……」
「俺の未来の妻に牙を剥いたこと、永遠の氷地獄の中で後悔するがいい」
レオンさんの声は、私に向ける時の甘さとはまるで違う、一切の感情を排した冷酷な死神のそれだった。
直後、何か硬い氷の彫刻が粉々に砕け散るような音が、会議室に連続して響き渡る。
悲鳴すら上がらなかった。
宰相が放った凄腕の私兵たちは、レオンさんに刃を届かせるどころか、その姿を捉えることすら叶わず、一瞬にしてただの美しい氷の塵へと変えられてしまったのだ。
「あ、あ……あぁっ……」
唯一生き残らされた宰相が、絶望に震える声でへたり込む音が聞こえた。
「そこまでだ、宰相閣下」
静まり返った会議室に、シベリウス様の凛とした声が響く。
「近衛騎士団! 国家反逆および、我が王宮の正式な雇用人への殺人未遂の容疑で、宰相とその一派を直ちに捕縛しろ!」
ドカドカと会議室になだれ込んできた騎士たちによって、抵抗する気力すら失った宰相たちが次々と連行されていく。
長きにわたってアルヴェリア王国の暗部を牛耳っていた老人の時代は、こうしてあっけなく幕を閉じたみたい。
「……もう、目を開けていいぞ、ユフィ」
静かになったのを見計らって、レオンさんがそっとマントを避けてくれた。
恐る恐る周囲を見回すと、襲撃者たちの姿はどこにもなく、ただキラキラと光る氷の粉だけが、朝日に照らされて宙を舞っている。
「怪我はないか? 怖かっただろう。すまない、俺がもう少し早く気づいていれば……」
数秒前まで国を滅ぼすような殺気を放っていた男が、今は眉を下げて、まるで捨てられた子犬のように私の頬を撫でている。
敵には容赦ない狂犬なのに、私にだけはこんなにも過保護で甘いのだ。
「大丈夫です、レオンさんが、いつもみたいに……守ってくれましたから」
私が微笑むと、レオンさんはホッとしたように息を吐き、皆の前だというのに、もう一度私を強く抱きしめた。
張り詰めていた空気が、ぽわんと甘くなる。
後ろでセーリナ様とシベリウス様が、なにやら耳打ちしながらにまにましているのに、気を取られている私の視界が再び遮られて。
次の瞬間には、360度ぐるりとガラス張りの塔の最上階に、転移していた。
えっとここどこ……。


