「俺はユフィと、静かで穏やかな場所で生きていくつもりです」
「えっ、レオンさん……?」
「辺境のルシェルシェに戻るのだろう? 俺も行く」
息を吐くように自然な王位継承権および王子としての職務の放棄宣言。
その瞬間、シベリウス様が「ぶっ!」と紅茶を噴き出した。
「ま、待てレオン! 君が辺境に行ってしまったら、僕を補佐する仕事は誰がやるんだ!?」
「そんなものは自分でどうにかするか、祖父を上手く使うのだな。俺はユフィの恋人としての時間を最優先にする」
「頼むユフィ、この暴走狂犬を王宮に繋ぎ止めてくれ……!」
頭を抱えて泣きつくシベリウス様と、私を抱き寄せて絶対に離さないと凄むレオンさん。
そして、その様子を扇の陰から楽しそうに眺めているセーリナ様。
大国の王族の秘密の会議は、伝説の乙女の重圧など微塵も感じさせない、いつも通りの騒がしくて温かい空気のまま終わっていった。
辺境に、戻る。
そうだ、そもそも私は別にレオンさんの元におしかけ女房みたいな感じで会いに来たわけではない。
でも私が一人で戻ったら、絶対に着いてきそうだし。
どうすれば……?
シベリウス様に引き摺られるように連れていかれたレオンさんの後ろ姿を眺めながら、ふと考える。
アルヴエリア王宮に足を踏み入れて以来、すっかり存在感を消しているシロがもぞりとポケットの中で動いた。
「きゅっ」
小さな鳴き声と共に、シロがポケットの中に突っ込んだ私の手の中に潜り込む。
ひんやりとしたその感触に、私はハッと我に返った。
「……そうね、シロ。私、ただ養われるためにここへ来たわけじゃないもんね」
レオンさんが職務を放棄して私についてくれば、間違いなくシベリウス様の胃に穴が空き、国政が滞る。
それはいくらなんでも寝覚めが悪い。
かといって、このまま『王子妃候補』として豪華なVIPルームでふんぞり返っているのも、私の性に合わない。
自立した生活基盤を持たないまま結婚に踏み切るのは、いざという時のリスクが高すぎる。
しかも、私はこの国の国民でも無いし、もしも王族と本当に結婚する事になったら、追い出されたとはいえ、父上にも知らせなければいけない。
(私は自分の足で立って、自分の力で稼ぎたい。……だったら)
王宮の中には、まだまだ改善の余地がある古い魔法具や、無駄な業務が山のように眠っているはず。
私はシロを撫でながら、一つの『最も無駄のない折衷案』を思いついた。
私のスキルが使えそうな。
修復。修理。解体。調合もいけるかな?
数刻後。
大量の書類の山に埋もれ、死んだ魚のような目をしているシベリウス様の執務室の扉を、私はノックした。
「シベリウス様、少しよろしいですか?」
「ユフィ!? ど、どうしたんだ。もしやもう辺境へ帰ってしまうのか!? 頼む、レオンだけは置いていってくれ……!」
「いえ、すぐには帰りません。その代わり、一つご提案があるんです」
私は、先ほど羊皮紙に書き殴った『雇用契約書』を、バンッと執務机の上に提示した。
「私を、臨時女官ではなく、アルヴェリア王宮の派遣社員……じゃなくて、派遣型修復師として、正式に雇用してください! もちろん、完全週休二日制、定時退社の好待遇で! ついでに雇用期間は一年くらいの限定で!」
突如として就職活動を始めた私に、シベリウス様は完全に固まってしまい、後から話しを聞いたセーリナ様は涙を流して笑い、レオンさんには……まあ、なんというか、一晩中離してもらえなかった。


