転生令嬢は謎の騎士に溺愛されています!?~地味スキルと言われましたが【待機】と【接続】で料理も魔法も思いのまま? 辺境から幸せになります!~

 逃げ場のない扉を背にして、彼の体温と微かな甘い香りに包み込まれる。
 ゆっくりと近づいてきた端正な顔に、私はギュッと目を閉じた。

 ――ちゅ、と。

 重なった唇は、氷の狂犬という異名からは想像もつかないほど、熱くて優しかった。
 触れるだけのキスから、少しだけ角度を変えて、甘く溶かすように深く口づけられる。
 腰に回された腕に力がこもり、逃がさないとばかりに抱き寄せられた。

(ひゃああっ……!)

 頭の中が真っ白になる。

 実は私、この世界に転生してからというもの、今日まで恋人なんて一人もいなかった。
 つまりこれが、今の私にとって正真正銘のファーストキスだ。
 前世での初キスなんて、高校生の時の甘酸っぱくて初々しく、一瞬で終わった記憶しかないのに。
 大人の、しかも限界突破した激重王子様からのキスは、刺激が強すぎる。

「……んっ、ふ」

 ようやく唇が離れると、私は酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせた。
 顔を真っ赤にして放心している私を見て、レオンさんがふっと目を細め、私の頬を愛おしそうに撫でる。

「……ユフィ。何を考えている?」

「え、えっと、キスってこんなかんじだったっけ……って」

 脳が溶けていたせいで、私は思考のフィルターを通さずに、ポロリと問題発言をこぼしてしまった。

 ピタッ。
 その瞬間、レオンさんの動きが完全に停止した。

「……こんな感じだったっけ? それはつまり、過去の経験と比べているということか?」

「あっ」

 空気が、一瞬にして絶対零度まで急降下した。

 レオンさんの翡翠の瞳から、先程までの甘い光が消え失せ、代わりに『この世の全てを滅ぼす氷の死神』のような暗い炎が宿っている。

「誰だ。どこの馬の骨だ。いつ、どこのどいつと唇を重ねた? そいつの首と胴体を今すぐ永遠に切り離してやる……!」

「ち、ちがいまーーす! 誤解ですっ!」

 腰の剣を抜こうとするレオンさんに、私は慌ててしがみついた。

「この世界に転生してから、恋人なんて一人もいません! 私が比べていたのは、前世の高校生の時の記憶で……っ!」

「前世だろうが関係ない。次元を切り裂いてでもそいつを殺し、お前の記憶から消し去って、俺の痕跡だけで上書きしてやる……!!」

「無理です落ち着いて! もう前世の私のお墓の中ですから!」

 見えない前世の元カレに対する、あまりにも不毛で理不尽な嫉妬。
 私が必死になだめていると、レオンさんはハッとしたように剣の柄から手を離し、私の肩をガシッと掴んだ。

「……待て。ユフィ、今『前世』と言ったか? 以前も確か口にしていたな?」

「えっ? あ、はい。そういえば……」

 私が首を傾げると、レオンさんは信じられないものを見るように目を見開いた。

「本当に前世の記憶があるというのか? 自分が何者か分かっているのか?」

「わかっています! 追放された男爵令嬢で辺境ギルドの受付嬢で、今はコスパ重視の冒険者……魔女見習いで……」

 しどろもどろになりながら、私は指を折って数えていく。
 肩書増えた!
 もしかして、婚約者候補みたいなのも、数に入れていいのだろうか!?

「そうではなくて……このアルヴェリア王国には、古くから伝わる建国神話がある。前世の記憶を持ち、異界の知識で国に奇跡と繁栄をもたらす存在――『転生乙女』の逸話だ」

「……てんせいおとめ?」

 私はポカンと口を開けた。
 レオンさんの深刻そうな顔を見るに、どうやらそれは、ただのおとぎ話として片付けられるレベルの話ではないらしい。

「初代国王を導いたのも、その『転生乙女』だったと言われている。もしお前が本物の転生乙女だと知られれば、母上や兄上どころか、国中がこぞってお前を王宮に囲い込もうとするぞ」

「ええええっ!?」

 私は頭を抱えた。

 ただおもしろおかしく平和に暮らしたかっただけなのに。
 大国の王子様に激重なプロポーズをされた挙句、伝説の『転生乙女』疑惑まで浮上してしまうなんて。

「ど、どうしましょうレオンさん! 私、そんな大層な奇跡なんて起こせません! エクセルのマクロ組むくらいしか……!」

 腕組みしながら何かを考えていたレオンさんが、重々しく頷く。

「案ずるな。俺が全てからお前を隠し、守り抜く」

 そしてパニックになった私を、レオンさんが力強く抱きしめた。
 頼もしい言葉にホッとしたのも束の間、彼は私の耳元で、ひどく独占欲に塗れた低い声で囁いた。

「お前は俺だけのものだ。誰にも渡さない。……まずはその、前世の男の記憶を上書きするところから始めようか」

「ひゃっ! んんっ……!?」

 再び塞がれた唇。
 伝説の乙女騒動の幕開けよりも、まずは目の前の嫉妬に狂った狂犬をなんとかしなければならないらしい。

 私の王宮での初夜は、甘く、激しく、そしてとてつもなく踊り狂う心臓の鼓動と共に、更けていった。