転生令嬢は謎の騎士に溺愛されています!?~地味スキルと言われましたが【待機】と【接続】で料理も魔法も思いのまま? 辺境から幸せになります!~

 お試し交際がスタートしたその日の夕方。
 私はなぜか、王宮の奥深くにある超VIP仕様の『特別室』へと案内されていた。

「あ、あの……セーリナ様。これは一体?」

「何って、未来の第二王子妃の部屋に決まっているでしょう? しばらく王宮に滞在していくといいわ。あの子とのお試し期間なのだから」

 セーリナ様はふふっと意味深に笑い、私をこの豪華絢爛な部屋に押し込んだのだ。
 天蓋付きのふかふかなベッドに、アンティークの美しい家具。
 部屋の隅には、母国では見たこともないような高級な魔法具(マジックアイテム)まで置かれている。

(すごい……一泊いくらするんだろう、この部屋)

 私は落ち着かなくて、とりあえず窓辺の長椅子にちょこんと座り込んだ。

 ここに来るまでの出来事を、なんとなく振り返ってみる。
 実家を飛び出して、辺境のルシェルシェで受付嬢として雇ってもらって、冒険者になって、ジュリアンさんの馬車で王都へ来て。
 ブラック職場を一日で攻略したと思ったら、大国の王子様とお付き合いすることになって、今は王宮のVIPルーム。

「なんだか、とんでもない大ごとになっちゃったな……」

 ぽつりと呟くと、少しだけしんみりとした気持ちになった。

 私はただ、可笑しく楽しく平和に生きたかっただけなのに。
 不思議と後悔はないんだけど。
 さすがに出来過ぎだと、思っている。

 父上、私がアルヴェリア王宮に居るって知ったら、どんな顔するんだろう。
 カイルは……まさか乗り込んでこないよね。

 怒涛の日々をしんみりと振り返っていると、控えめなノックの音が響いた。
 扉を開けると、そこに立っていたのはレオンさんだった。

「夜分にすまない。こちらに居ると聞いてな……ユフィ起きているか?」

「レオンさん! えっと、お仕事は……」

「……兄上に、今までのツケだと言われて、通常の五倍の書類を押し付けられた。結局、こんな時間までかかってしまった」

 気まずそうに目を逸らすレオンさんに、私は思わずクスッと笑ってしまった。

「一刻半で終わらせる」と豪語していたのに、しっかり深夜まで働かされたらしい。
 シベリウス様、なかなかに容赦がない。

「お疲れ様です。中へ入りますか?」

「いや……もしお前が疲れていないなら、少し歩かないか? 夜の庭園は、静かで涼しい」

 彼がスッと差し出した大きな手を、私は迷わずに取った。

 月明かりに照らされた王宮の庭園は、昼間とは違う幻想的な美しさがあった。
 私たちは手を繋いだまま、ゆっくりと石畳の小道を歩く。

「……今日、仕事の合間に母上と話をした」

 ぽつりと、レオンさんが口を開いた。

「母上が毒婦を演じていた理由。俺を王位継承の争いから遠ざけ、兄上を守るためだったこと……すべて聞いた」

「そう、だったんですね」

「俺は、母上を権力に執着する愚かな女だと思い込み、ずっと憎んでいた。兄上のことも、いつか殺し合う政敵だと、心のどこかで線を引いていたんだ」

 レオンさんは立ち止まり、庭園に咲く白い薔薇を見つめた。

「この王宮は、氷のように冷たくて息が詰まる場所だった。家族でさえ信じられないのだから、他人なんてまして……お前と出会うまでは」

 繋いでいた手に、きゅっと力がこもる。
 レオンさんが振り返り、月の光に照らされた翡翠の瞳で、私を真っ直ぐに見下ろした。

「ユフィ。お前が俺の凍りついた世界を溶かしてくれた。母上の本当の心に気づかせてくれた。……ありがとう」

 その声は、かつてなく穏やかで、深い愛情に満ちていた。
 氷の狂犬と呼ばれていたらしき彼が、こんなにも優しく切ない表情をするなんて。

「私は、ただお茶を淹れただけですよ。それから、少しだけお話し相手に。レオンさんが、ちゃんとセーリナ様やシベリウス様と向き合ったからです」

「それでも、だ。俺にはお前が必要だ」

 真剣な声に、私は顔を熱くしながら小さく頷いた。

 ★

「……送ってくれて、ありがとうございます。おやすみなさい、レオンさん」

 私の部屋の前まで戻ってくると、扉に手をかけて彼に微笑んだ。
 深夜まで仕事をして疲れているはずだから、早く休ませてあげないといけない。

 しかし。
 レオンさんは「ああ」と頷いたものの、その場から一歩も動こうとしなかった。

「レオンさん?」

「…………」

 彼は扉の前に立つ私の前にすっと距離を詰めると、じっと私の目を見つめてきた。
 その大きな手が、私の頬にそっと触れる。

「もう少しだけ……このまま、お前と」

「えっ……でも、明日も仕事が……」

「構わない。……帰したくない。いや、ここはお前の部屋か……」

 甘く掠れた声。
 親指が私の唇の端を優しくなぞり、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
 逃げ場のない扉を背にして、彼の体温と微かな甘い香りに包み込まれ、私の心臓は早鐘のように鳴り始めた。

(お、お試し交際初日から、これは心臓に悪すぎる……っ!)

 ゆっくりと、端正な顔が近づいて来て。
 睫毛、長い。

「ユフィ、余所見をするなよ。俺を見ていろ」

「は、はいっ」

 限界突破した溺愛モードのレオンさんに、私はギュッと目を閉じることしかできなかった。