異世界基準による定時退社を果たした私は、見事、臨時女官の職を得ることができた。
そして本日も業務後に、堂々と王宮の奥深く、内宮の庭園を散策中。
レオンさんの私室がないかウロウロしていたのだけれど、王族のプライベートエリアは迷路のように広く、すっかり迷子になってしまっている。
(うーん、やっぱり護衛の騎士とかがいっぱいいて、簡単には近づけないわよね……ん?)
ふと、美しい薔薇が咲き誇る東屋から、深いため息が聞こえてきた。
そっと覗き込むと、そこには豪奢なドレスに身を包んだ、レオンさんにそっくりな美貌を持つ女性が一人で座っていた。
この宮の主であり、レオンさんのお母様――『第二王妃』だ。
(げっ、見つかったら怒られるかな……)
私がこっそり引き返そうとした、その時。
第二王妃様が、眉間を指で揉みほぐしながら、ボソッと呟いた。
「あー……疲れた。お爺さまが、また第一王子派への嫌がらせ案を持ってきたわ。本当に鬱陶しい。全部適当にやり過ごして、私の悪評に繋げないと……」
……ん?
今、なんて言った?
思わず立ち止まった私の気配に気づき、第二王妃様がハッと顔を上げた。
そして次の瞬間、彼女の顔つきが、扇を口元に当てた『絵に描いたような意地悪な毒婦』へと一変した。
「誰だい、お前は! わたくしの許可なくこの庭に入り込むなど、万死に値しますよ! どこの女官だい、すぐに首をはねて……!」
「あ、先日、新しく配属された臨時女官のユフィと申します。お初にお目にかかります、セーリナ様」
私はぺこりと頭を下げた。
「あの、首をはねる前に、もしよろしければ温かいお茶でも飲みませんか? すごくお疲れのようですし」
「え……?」
私は持参していたマイ水筒から、湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ、スッと差し出した。
毒婦の演技で威嚇していた王妃様は、あまりの私のマイペースっぷりに完全に毒気を抜かれた顔になっている。
「お前……わたくしが誰だかわかっているの? 王宮で最も恐れられている、権力亡者の第二王妃ですよ?」
自分で、権力亡者とか言ってて、悪い人じゃ無さそう過ぎるんだけど。
「そう、仰ってますが、本当は無駄な派閥争いなんてしたくないのではないでしょうか? 聞こえてしまいました……」
私がストレートに切り込むと、王妃様は目を見開いた。
「前世……じゃなくて、以前の職場で、あなたみたいな人を見たことがあるんです。上層部の無茶な要求を躱すために、わざと嫌われ役を買って出ている、苦労人の中間管理職の方」
「ちゅ、ちゅうかんかんりしょく……?」
「あ、いえ。でも本当はセーリナ様、すごく優しい人なんじゃないかなって」
私の言葉に、王妃様はしばらくポカンとしていたものの、やがて、フッと肩の力を抜き、扇を下ろした。
「……はぁ。まさか、ぽっと出の新入りに演技を見破られるなんて。わたくしの悪役っぷりもまだまだってことですわね」
王妃様は私が差し出した紅茶を一口飲むと、憑き物が落ちたような、レオンさんによく似た穏やかな瞳で微笑んだ。
「お前の言う通りよ。わたくしの実家である宰相家は、なんとしてでも私の息子であるレオンティウスを王位につけようと血眼になっているのです。でも、この国の正統な後継者は、第一王子ただ一人」
「それは……第一王子様が、正室のお子様だからですか?」
「それもあります。でも何より……あの子の母親である正妃は、わたくしの、たった一人の大切な親友だったのですよ……あの子の忘れ形見を、蔑ろになどできますか」
王妃様は、どこか遠くを見るような、優しい声で語り始めた。
そして本日も業務後に、堂々と王宮の奥深く、内宮の庭園を散策中。
レオンさんの私室がないかウロウロしていたのだけれど、王族のプライベートエリアは迷路のように広く、すっかり迷子になってしまっている。
(うーん、やっぱり護衛の騎士とかがいっぱいいて、簡単には近づけないわよね……ん?)
ふと、美しい薔薇が咲き誇る東屋から、深いため息が聞こえてきた。
そっと覗き込むと、そこには豪奢なドレスに身を包んだ、レオンさんにそっくりな美貌を持つ女性が一人で座っていた。
この宮の主であり、レオンさんのお母様――『第二王妃』だ。
(げっ、見つかったら怒られるかな……)
私がこっそり引き返そうとした、その時。
第二王妃様が、眉間を指で揉みほぐしながら、ボソッと呟いた。
「あー……疲れた。お爺さまが、また第一王子派への嫌がらせ案を持ってきたわ。本当に鬱陶しい。全部適当にやり過ごして、私の悪評に繋げないと……」
……ん?
今、なんて言った?
思わず立ち止まった私の気配に気づき、第二王妃様がハッと顔を上げた。
そして次の瞬間、彼女の顔つきが、扇を口元に当てた『絵に描いたような意地悪な毒婦』へと一変した。
「誰だい、お前は! わたくしの許可なくこの庭に入り込むなど、万死に値しますよ! どこの女官だい、すぐに首をはねて……!」
「あ、先日、新しく配属された臨時女官のユフィと申します。お初にお目にかかります、セーリナ様」
私はぺこりと頭を下げた。
「あの、首をはねる前に、もしよろしければ温かいお茶でも飲みませんか? すごくお疲れのようですし」
「え……?」
私は持参していたマイ水筒から、湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ、スッと差し出した。
毒婦の演技で威嚇していた王妃様は、あまりの私のマイペースっぷりに完全に毒気を抜かれた顔になっている。
「お前……わたくしが誰だかわかっているの? 王宮で最も恐れられている、権力亡者の第二王妃ですよ?」
自分で、権力亡者とか言ってて、悪い人じゃ無さそう過ぎるんだけど。
「そう、仰ってますが、本当は無駄な派閥争いなんてしたくないのではないでしょうか? 聞こえてしまいました……」
私がストレートに切り込むと、王妃様は目を見開いた。
「前世……じゃなくて、以前の職場で、あなたみたいな人を見たことがあるんです。上層部の無茶な要求を躱すために、わざと嫌われ役を買って出ている、苦労人の中間管理職の方」
「ちゅ、ちゅうかんかんりしょく……?」
「あ、いえ。でも本当はセーリナ様、すごく優しい人なんじゃないかなって」
私の言葉に、王妃様はしばらくポカンとしていたものの、やがて、フッと肩の力を抜き、扇を下ろした。
「……はぁ。まさか、ぽっと出の新入りに演技を見破られるなんて。わたくしの悪役っぷりもまだまだってことですわね」
王妃様は私が差し出した紅茶を一口飲むと、憑き物が落ちたような、レオンさんによく似た穏やかな瞳で微笑んだ。
「お前の言う通りよ。わたくしの実家である宰相家は、なんとしてでも私の息子であるレオンティウスを王位につけようと血眼になっているのです。でも、この国の正統な後継者は、第一王子ただ一人」
「それは……第一王子様が、正室のお子様だからですか?」
「それもあります。でも何より……あの子の母親である正妃は、わたくしの、たった一人の大切な親友だったのですよ……あの子の忘れ形見を、蔑ろになどできますか」
王妃様は、どこか遠くを見るような、優しい声で語り始めた。


