約束は、千年の時を超えて

父上が崩御されてから、しばらく経った頃だった。

私を皇太子の座から、
引きずり下ろそうとする者たちが現れた。

彼らが次の後継者として担ぎ上げたのは、
弟のあなだった。

本来、あなは誰よりも心優しく、
真っ直ぐな人柄であった。

だからこそ、重臣たちはその純粋さにつけ込み、少しずつ自分たちの都合の良いように言葉を吹き込んでいった。

気づけば、あなは彼らの言葉を疑うことなく受け入れるようになっていた。

もっとも、あなを次の大王に推す者は決して多くはない。

それでも、弟と皇位を争うことになるなど、私には耐え難いことであった。

「皇太子様」

静かな声に、私は顔を上げる。

ひこだった。

「手が止まっております」

「ああ……すまない」

私は筆を置き、小さく息をつく。

「また、あなのことを考えておられるのですか」

「……ああ」

「もう、お考えになるだけ無駄です」

ひこの口調は冷たかった。

「裏切ったのは、あちらなのです」

私は首を横に振る。

「あなは裏切ったのではない。利用されているだけだ。」

そう信じたかった。

「皇太子様は、お優しすぎます」

ひこはそれ以上何も言わなかった。

私は深くため息をつく。

「少し、外の空気を吸ってく」

「皇太子様!まだ公務が残っております!」

ひこの制止も聞かず、私は部屋を後にした。

これ以上、
机に向かっていても何も手につきそうになかった。

宮中の廊下を歩いていると、
正面からあなが歩いてくる。

その後ろには、数人の重臣たちの姿があった。

「兄上」

あなは足を止める。

その表情には、
昔の穏やかな面影はほとんど残っていなかった。

「何をしておられるのですか。」

「少し、外の空気を吸いに来ただけだ」

「そうですか」

あなは薄く笑う。

「兄上は、お暇なのですね」

その言葉に、後ろの重臣たちが小さく笑った。

昔なら、決して口にしなかった言葉だった。

「あな……」

思わず名を呼ぶ。

だが、あなは振り返ることなく言った。

「私は忙しいので、これで失礼します」

重臣たちを従え、堂々と歩き去っていく。

その背中は、私の知る弟ではなかった。

「あな……」

私は小さく呟く。

「お主は、どうしてしまったのだ……」