私が十六になった頃。
皇太子として本格的に政へ携わるようになり、公務に追われる日々が始まった。
弟妹たちと顔を合わせる機会も次第に減り、気がつけば重臣たちと過ごす時間の方が長くなっていた。
そんな私を、いつも傍らで支えてくれていたのが、次男のひこだった。
「ひこ、いつもすまないな。」
「何をおっしゃいますか。皇太子様こそ、毎日のようにご無理をなさっております」
「いや、これが皇太子としての務めだ。当たり前のことをしているに過ぎぬ」
そう答えたものの、公務は想像以上に忙しく、心を休める暇などほとんどなかった。
ある日のこと。
気分転換に外の空気を吸おうと、
公務室を抜け出した。
宮の庭には大きな池が広がり、
色とりどりの花々が春風に揺れている。
「……もう春であったか」
いつの間に季節まで忘れてしまっていたのだろう。
ふと、鈴を転がすような笑い声が耳に届いた。
声のする方へ目を向ける。
そこには侍女たちと花を眺める、かるの姿があった。
同じ宮に暮らしているというのに、こうして顔を見るのは久しぶりのように感じる。
春の日差しを受けながら花を手に微笑むその姿は、
まるで一輪の花のように美しかった。
私は思わず、その姿に見入ってしまう。
すると、かるがこちらへ気づいた。
目が合った瞬間、
なぜか私は視線を逸らしてしまった。
だが、かるはそんなことなど気にも留めず、
嬉しそうに駆け寄ってくる。
黒く艶やかな長い髪が風になびき、
両手には色鮮やかな花が抱えられていた。
その姿から、どうしても目を離すことができない。
「皇太子様」
「あ、ああ……。何をしていたのだ」
「花がとても綺麗に咲いておりましたので、お届けしようと思っておりました」
そう言って微笑むかるに、
私は思わず見惚れてしまう。
「私などが申し上げるのも恐れ多いことですが……」
かるは少し眉を下げ、心配そうに私を見つめた。
「皇太子様は、少し頑張りすぎておられるように思います」
その優しい瞳に、胸の奥が静かに揺れる。
「心配をかけてしまったのだな」
私は苦笑し、かるの頭をそっと撫でた。
「すまなかった」
「い、いえ……」
かるは恥ずかしそうに頬を染め、小さく俯く。
「私は公務へ戻る。お主も遅くならぬうちに宮へ戻るのだぞ」
そう言って歩き出そうとした、その時だった。
そっと袖をつかまれる。
振り返ると、
かるが大切そうに花を抱えたまま立っていた。
「皇太子様……。よろしければ、この花を受け取っていただけませんか?」
私は差し出された花を、そっと受け取る。
「ありがとう。大切にしよう」
その言葉を聞くと、かるは嬉しそうに微笑み、小さく一礼して駆け去っていった。
私はしばらく、その後ろ姿を見送っていた。
公務室へ戻ると、花を壺へ生ける。
静かな部屋に、春の香りがふわりと広がった。
私は花を見つめる。
すると、不思議なことに、
かるの笑顔が脳裏に浮かんだ。
頬を赤らめ、はにかむ姿まで鮮明に思い出される。
……なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ熱くなった気がした。
皇太子として本格的に政へ携わるようになり、公務に追われる日々が始まった。
弟妹たちと顔を合わせる機会も次第に減り、気がつけば重臣たちと過ごす時間の方が長くなっていた。
そんな私を、いつも傍らで支えてくれていたのが、次男のひこだった。
「ひこ、いつもすまないな。」
「何をおっしゃいますか。皇太子様こそ、毎日のようにご無理をなさっております」
「いや、これが皇太子としての務めだ。当たり前のことをしているに過ぎぬ」
そう答えたものの、公務は想像以上に忙しく、心を休める暇などほとんどなかった。
ある日のこと。
気分転換に外の空気を吸おうと、
公務室を抜け出した。
宮の庭には大きな池が広がり、
色とりどりの花々が春風に揺れている。
「……もう春であったか」
いつの間に季節まで忘れてしまっていたのだろう。
ふと、鈴を転がすような笑い声が耳に届いた。
声のする方へ目を向ける。
そこには侍女たちと花を眺める、かるの姿があった。
同じ宮に暮らしているというのに、こうして顔を見るのは久しぶりのように感じる。
春の日差しを受けながら花を手に微笑むその姿は、
まるで一輪の花のように美しかった。
私は思わず、その姿に見入ってしまう。
すると、かるがこちらへ気づいた。
目が合った瞬間、
なぜか私は視線を逸らしてしまった。
だが、かるはそんなことなど気にも留めず、
嬉しそうに駆け寄ってくる。
黒く艶やかな長い髪が風になびき、
両手には色鮮やかな花が抱えられていた。
その姿から、どうしても目を離すことができない。
「皇太子様」
「あ、ああ……。何をしていたのだ」
「花がとても綺麗に咲いておりましたので、お届けしようと思っておりました」
そう言って微笑むかるに、
私は思わず見惚れてしまう。
「私などが申し上げるのも恐れ多いことですが……」
かるは少し眉を下げ、心配そうに私を見つめた。
「皇太子様は、少し頑張りすぎておられるように思います」
その優しい瞳に、胸の奥が静かに揺れる。
「心配をかけてしまったのだな」
私は苦笑し、かるの頭をそっと撫でた。
「すまなかった」
「い、いえ……」
かるは恥ずかしそうに頬を染め、小さく俯く。
「私は公務へ戻る。お主も遅くならぬうちに宮へ戻るのだぞ」
そう言って歩き出そうとした、その時だった。
そっと袖をつかまれる。
振り返ると、
かるが大切そうに花を抱えたまま立っていた。
「皇太子様……。よろしければ、この花を受け取っていただけませんか?」
私は差し出された花を、そっと受け取る。
「ありがとう。大切にしよう」
その言葉を聞くと、かるは嬉しそうに微笑み、小さく一礼して駆け去っていった。
私はしばらく、その後ろ姿を見送っていた。
公務室へ戻ると、花を壺へ生ける。
静かな部屋に、春の香りがふわりと広がった。
私は花を見つめる。
すると、不思議なことに、
かるの笑顔が脳裏に浮かんだ。
頬を赤らめ、はにかむ姿まで鮮明に思い出される。
……なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ熱くなった気がした。


