約束は、千年の時を超えて

春の柔らかな風が、頬を優しく撫でていく。

目の前に広がる草原では、弟妹たちが無邪気な笑顔で駆け回っていた。

その姿を眺めながら、私は静かに思う。

――いずれ私は、この国を背負い、家族を守る者となる。

父上より皇太子に立てられた日から、
その覚悟だけは胸に刻んできた。

だからこそ、
この穏やかな日々が何よりも愛おしかった。

桜は美しく咲き誇り、
若葉は春の陽を浴びて芽吹いている。

そんな平和なひとときだった。

「うわあああん!」

突然、泣き声が響き渡る。

声のする方へ目を向けると、五男の大泊瀬稚武皇子――皆から「たけ」と呼ばれている弟が、目を真っ赤にして泣いていた。

「どうしたのだ、たけ」

私は慌てて駆け寄る。

「たけ兄が悪いのです!」

頬をぷくりと膨らませ、腕を組んで立っていたのは、三女の但馬橘大娘皇女――「はな」だった。

「はな、なぜそんなに怒っているのだ?」

「たけ兄が悪いのです!」

ますます頬を膨らませるはな。

「たけが悪かったとしても、何があったのか分からねば、仲直りはできぬぞ。」

「兄様は本当にお優しいですね。」

穏やかに微笑んだのは、
長女の名形大娘皇女――「かた」。

「かた。お主は見ていたのか?」

「ええ、もちろん。」

「ならば、なぜ止めなかった?」

「このくらい、兄妹げんかではよくあることですもの」

私は思わず苦笑した。

「お主は少し、弟たちに厳しすぎる」

「兄様が優しすぎるだけですよ」

かたは私と歳が近い。

だが、考え方は正反対だった。

そんな私たちの会話を聞いていたのか、
小さな足音が近づいてくる。

「兄様、かた姉は優しいです。」

かたの後ろから、ひょこっと顔を覗かせたのは、
次女の大軽娘皇女――かるだった。

「かる、どうしてそう思う?」

「だって……いつも私に優しくしてくださいます」

「でしょう?」

そう言って、かたはかるを抱き寄せ、頬をすり寄せる。

かるも嬉しそうに笑っていた。

その微笑ましい光景に、思わず頬が緩む。

ふと視線を戻すと、たけはまだ袖で涙を拭っていた。

「たけ。泣いてばかりでは、立派な男にはなれぬぞ。」

「兄上……」

その時だった。

「あとは任せてください、兄上」

そう言って、たけの頭を優しく撫でたのは三男の穴穂皇子――あな。

一方、頬を膨らませたままのはなの前には、次男の境黒彦皇子――ひこが立っていた。

しばらく、ひこと話したはなは、
優しく諭されると、小さくうなずいた。

「たか兄……『ばか』と言ってしまい、ごめんなさい」

たかは首を横に振る。

「いや、我こそ、お主が作っていた花冠を壊してしまった。すまなかった」

二人は互いに頭を下げた。

「これで仲直りだな」

「ああ。二人とも立派だ」

ひことあなが、
それぞれの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

たかは嬉しそうに笑い、はなは髪が乱れたことを気にして少しだけ不満そうな顔をした。

その様子に、皆の笑い声が響く。

「子どもたち」

聞き慣れた優しい声に振り返る。

そこには母上――忍坂大中姫がおられた。

腕の中では、
末の妹・酒見皇女が穏やかな寝息を立てている。

「母上!」

弟妹たちは一斉に駆け寄った。

「皆、仲良く過ごせましたか?」

「はい、母上」

母上は私を見つめ、穏やかに微笑まれた。

「さすがですね、皇太子」

私は静かに首を横へ振る。

「今日の功労者は、ひことあなです。二人がいてくれたから、皆笑顔になれました」

母上は優しくうなずかれた。

「そうですか。二人とも、本当に立派になりましたね」

褒められた二人は照れくさそうに笑う。

「さあ、宮へ戻りましょう」

「はい」

夕日に染まる空の下、私たちは手を取り合いながら宮への道を歩き出した。

弟妹たちの笑い声が、春風に乗ってどこまでも響いていく。

私は、この幸せな日々がいつまでも続くものだと信じていた。