約束は、千年の時を超えて

木梨軽皇子の流刑が執行されてから、
数日が過ぎた頃。

離宮に、一通の知らせが届けられた。

そこには、ただ淡々とこう記されていた。

――元皇太子・木梨軽皇子を、伊予国へ流罪とする。

その文を読み終えた瞬間、大軽娘皇女――かるの手から文が滑り落ちた。

「兄上様が……伊予国へ……」

離宮へ移されて以来、
彼女は何も知らされていなかった。

兄が都を追われたことも。

すべてが終わってから、
ようやく知らされたのである。

「兄上様……」

かるは震える手で文を握り締めた。

次の瞬間、それを床へ投げ捨てる。

履き物を履くことさえ忘れ、部屋を飛び出した。

「姫様!」

侍女たちの制止も耳に入らない。

離宮の門を駆け抜け、
見張りの隙をついて外へ飛び出す。

「待て!」

背後から追っ手の声が響く。

それでも、かるは振り返らなかった。

兄に会いたい。

その一心だけで走り続ける。

木の枝が衣を裂き、小石が素足を傷つける。

足裏から流れた血が、歩いた道を赤く染めていく。

息は乱れ、胸は張り裂けそうに苦しい。

それでも立ち止まることだけはできなかった。

兄に会いたい。

ただ、その想いだけが、かるを前へと進ませていた。

何日走り続けたのだろう。

昼も夜も分からないまま走り続け、気づけば体は傷だらけになっていた。

視界が霞み、足元もおぼつかない。

それでも前へ進もうとした、その時だった。

「……かる?」

聞き慣れた、優しい声。

何度も夢に見た、その声だった。

かるはゆっくりと顔を上げる。

そこには、誰よりも会いたかった人が立っていた。

「……兄上様」

その名を呼んだ瞬間、張り詰めていた糸が切れる。

かるの体は力を失い、その場へ崩れ落ちた。

「かる!」

木梨軽皇子は慌てて駆け寄り、
その細い体を抱きとめる。

「しっかりしろ、かる!」

かるはうっすらと目を開き、
安心したように微笑んだ。

「……やっと、お会いできました」

その言葉を最後に、静かに意識を手放した。