ルーチェに恋をして

 *

 買ってきた飲み物を無事大人二人に配り終え、太陽の待つ座席へと向かう。
 座席の上部についた手すりへ触れようとするとなぜか手に痛みが走り、指を確認すると
 いつ切れたのかも分からない切り傷からつーっと血が流れた。

 あれ、いつ切ったんだろう?

 指先から流れる血を拭うためにティッシュを探していると先に座っていた太陽が文乃の動きに気づいて座席を立った。

「文乃ちゃん?大丈——」

 彼女の指先から流れる血を見た太陽の顔がどんどん青ざめる。
 ハッハッハッと短く息を繰り返す姿はどう見ても普通じゃない。
 
 視点も定まらない太陽の姿に文乃は忘れていた過去を思い出した。

 
 ——『血を見ると……ダメで……』


 ある人の言葉を思い出し、文乃はすぐに指の血を拭い隠す。
 倒れても大丈夫なように太陽を抱きしめ、優しく背中をさすった。


「大丈夫!もう、大丈夫です……っ」
 

 短く切れるような太陽の呼吸は次第にゆっくりになっていく。
 トラブルに気づいた大人も「太陽!」と急いで駆け寄り、文乃が事情を説明するとすぐに理解して薬を持ってくる。
 落ち着き始めていた太陽は「薬は……いい」と小さい声でマネージャーに伝え、そのまま文乃にもたれかかった。

「ありがとう……」

 弱々しい太陽の声から彼の辛さが伝わってくる。
 恐怖の対象は違えど、その辛さがわかる文乃はギュッと唇を噛み締めて背中をさすった。

「……ごめんなさい。」

「なんで謝るの?文乃ちゃんは悪くないよ」

「私の指……」

 文乃はわかっていた。
 太陽が発作を起こしたのは自分のせい。
 
 私の血を見たせいだ。

 大人たちは太陽がゆっくりと座席に座ったことを確認すると車を発進させる。
 隣には文乃が付き添い、背中をさする代わりに手を握りしめた。

「よく、わかった、ね?……血がダメだって。」
 
 太陽の問いに昔を思い出しながら「一年くらい前、どうしても外に行かなきゃいけなかった時に、たまたま辛そうにしてた人を助けたんです」と口を開く。

「その人、自分の手から出る血に発作を起こしたみたいで。でも……誰もその人を助けないんです。だから……」

「——助けた。だよね?」

 ……?なんで知ってるみたいに——
 
 その言葉にハッとする。
 助けた人は男の人で、深く帽子を被って黒い眼鏡をつけていた。
 顔を見られたくないのかずっと俯いていて見えなかったけれど、帽子の隙間からオレンジの髪がチラリと見えて。
 文乃の考えを肯定するように太陽は続けた。

「ずっと探してたんだ。……見つけた時は本当に奇跡だと思った。」

「何者でもない俺を、二度も救ってくれた。」

 
「文乃ちゃんは俺の運命の人(ルーチェ)だよ。」