ルーチェに恋をして

私は今、

ロケバスに揺られています。


「なんでロケバス?」

思わず心の声が口に出る。

咄嗟に口を押さえるが太陽には聞こえていなかったようでこちらを見ることなく、自身のスマホに目を向けていた。

車内は広く、多くの座席が見える。
芸能人を乗せている事情でカーテンは全て閉め切られ、外から中を覗くことは不可能。
前方ではバスの運転手といかにもマネージャーのような男性が道の先を見つめていた。

静かな車内では離れた後部座席に座っていても前方の大人たちの会話がかすかに聞こえてくる。


「太陽が女の子を連れて出かけるなんて、初めてじゃないか?」
「それ以前に、友達自体連れているのを私は初めて見ますよ。でも彼女が例の子だって太陽が」
「……マジか。そんな奇跡の再会みたいなこと——」
 
ロケバスのハンドルを握るガタイのいい気さくそうな中年男性とその隣の座席に座っているマネージャーらしき男性の二人が言葉を交わす。
所々聞き取れない部分はあるが太陽がこうして友達と出かけることが初めてなのはわかった。
やっぱり、芸能人だからあんまり遊ぶ時間とかないのかな。
大人の会話に心の中でひっそりと参加しながら太陽について思考を巡らせた。


「——文乃ちゃん?」
「は、はい!」
 急に至近距離で声をかけられて驚く。

完全に意識を前へむけていたので隣に座っていた太陽のことを忘れ……ていたわけじゃありません。
 
「今、俺のこと忘れてたでしょ」

 バレてました。

 
「ご……ごめんなさい」
「え、本当に忘れてたの?!あははは!」

太陽はまさか本当に忘れられていたとは思っていなかったのかお腹を抱えて笑い出す。
文乃としては申し訳なさが勝り、笑うことなどできなかった。

「ほんと、文乃ちゃんといると楽しいよ。俺こう見えて友達、蓮くらいしかいなくって」
「え?!絶対たくさんいますよね!?」

太陽は「よく言われる」と笑う。
けど、笑顔は少し含みを帯びていて……なぜか寂しそうに見えて。

「……いるよ?たくさん。上部だけの友達なら。俺が芸能界で落ちることを望んで罠をかけてくるやつとかね。」

淡々と話す彼の表情は笑顔だった。

笑顔なのに、その裏には想像もつかないような酷く歪んだ人間関係があることを太陽が言葉にせずとも理解できる。
この人の笑顔は一体どれだけの苦労と苦痛の経験から成り立っているのか。
……考えるだけで胸が痛んだ。

そんなことを思っていたからか無意識に自分の表情は悲しくなっていたのだろう。
太陽は文乃を気遣うように「でも!」と空気を変える。

「俺はステラに入って、蓮に出会って。文乃ちゃんとも出会えた。奏多っちと紡くんにもね。」
「俺は恵まれているんだ」と太陽は続ける。

「ステラのみんなは俺を俺として見てくれる。みんなと話してる時だけ、俺は芸能人の『夏目太陽』じゃなくて、普通の『夏目太陽』でいられる。」

太陽はみんなの顔を思い出すようにどこか遠くを見つめ、微笑んでいた。
文乃と同じように、太陽にとってもステラは唯一の安心できる場所なんだ。

そう思うと、自分とは真逆の存在と感じていたこの眩しく輝く人も近く感じた。