ルーチェに恋をして

「そうだよな。裏切られた気持ちになって当たり前だ。俺は……この会社を立ち上げて、いつか紡にも伝わるといいと心のどこかで願ってた。」

感慨深く話す兄は自分の立ち上げた店の小物たちを見つめ、流れるように自身のルーチェへと愛おしい視線を送る。

「本当はだいぶ前から家を出ることは決めてたんだ。俺はあの店を継ぐ器じゃない。伝統のあるあの店を継げるのは紡以外いない。」
「……そんなの、聞いてない」

ははっと笑いながら当たり前だろ?と兄は言った。

「言ったらお前、着物触ることやめただろ?」


紡の行動を見透かすように。
自分が避けられることになっても、嫌われても。
何も言わずにただ紡のことを大切に、そして形を変えて着物を愛していたのだ。

「準備をしながら過ごしてたある日、俺は柚子に出会ったんだ。彼女を見た瞬間、俺は思ったよ。この人は俺の運命の相手だってな」

そう見つめながら話す彼女の服は、和服というにはアレンジの効いたファッションで。
伝統と現代を融合させたようなコーディネートは和装の強い可能性を感じさせた。

「柚子はセンスがすごいんだ。俺たちが思いつかないようなことを思いつく。俺はその才能に恋をした。……才能だけじゃなくて、彼女にも恋してしまった」

恥ずかしげもなく話す姿はどこかの先輩を思い出させた。

だから僕はあの先輩を苦手に感じたのかと。
まっすぐに見つめる瞳は兄に重なって見えて、僕には眩しすぎたのだ。

「紡。形は変わったが俺は今も着物を、お前をそして実家の店も愛してる。それはずっと変わらないさ。ただ俺は自分のしたいことを見つけて、一緒に高め輝き合える人を見つけたんだ」

兄の想いに目頭が熱く(にじ)む。
僕は何を勝手に勘違いしていたんだろう。

兄を取られ、拗ねていただけだ。
俺にとって兄さんは何よりも輝く光みたいなものだったから。
兄さんみたいになりたい、そう思って生きてきてた。
予想通り、兄さんの邪魔になるくらいなら僕は着物を仕立てることをやめていたかもしれない。

「……僕は」

ポツリと溜めていた気持ちが声になって流れ出す。

「兄さんがいなくなって、一人になった気がした」
「寂しかったんだ。」
「それは多分、兄さんが俺にとってのルーチェだったから」
「……兄さんの着物を仕立てる姿は、僕をもっと高みを目指せと刺激してくれてたんだ」

自分の気持ちを流していく紡の言葉を兄は溢すことなく受け止めた。
「そうか」と弟の気持ちを聞けて嬉しいと涙を瞳に溜めながら。
二人の止まっていた時間が進み出した。

紡はやっと、ルーチェの意味を理解した。
それは恋人でもあり、兄弟でも存在する。

自分を高め、そして刺激する。
見つめたら目を離せない。

——そんな存在を ルーチェ と呼ぶのだと。


「『幸福』見つけられた?」

 答えのわかっている質問。


屈託(くったく)のない笑みで兄は

「これ以上ない幸福だ」と

 笑っていた。