ルーチェに恋をして



夕食後。 
三人と別れた文乃は食堂で奏多の食事を作ってもらって、階段をゆっくりと登りながら奏多の部屋へと向かう。
食事の乗ったトレーを両手で持ちながら、奏多がなんであんなに怒っていたのか考えていた。
 
多分、太陽先輩が私にキスをしてしまったことに怒ってくれたんだと思うんだけど……

それでも、奏多がなぜ怒っていたのかわからなかった。
先輩もわざとではないし、あれは事故で……。
文乃自身、そのハプニングを咄嗟(とっさ)に経験の一部として文章へ変換してしまった。

「……でも……」

奏多の悔しそうな顔が頭をよぎる。
胸の奥がチクンと少し痛んだ。

 *

——コンコン。

奏多の部屋の扉をノックする。
少し待ってみるが返事がない。
 
「奏多?ご飯持ってきたよ……?」

気づいていないのかと思い、次は少し強めにノックすると扉がギイッと少しだけ動いた。
扉が開いている。
 
ゆっくりとドアノブを押して奏多の部屋に入ると部屋の中はベッド横のサイドテーブルの明かりのみで薄暗い。
「奏多……?」

勝手に入ったら悪いかなと思いながら足を踏み入れ、扉をパタンと閉め部屋の中を進む。
持ってきた食事を部屋に置かれた机の上に乗せて辺りを見回すが奏多が見当たらない。
 
 どこに——


 ドサッ。

強い力でベッドに体を押し倒される。

覆い被(おおいかぶ)さるように文乃を押し倒したのは、


奏多だった。

「……なぁ。男の部屋に入ってくるなんて、危ないとは思わねぇの?」

いつもとは違う、真剣な表情で問いかけてくる彼に文乃の鼓動は揺れ始める。
 
「ご、ごめ……扉が開いてお腹空いてると思ったから部屋に置いておこうと思って……」

心臓が変だ。
怖い時の、いつもの感覚とは違う。
奥から何か湧き上がってくるような……奏多から目が……離せない。

 
「大丈夫なんて、なんで言ったんだよ」

奏多の質問の意味を考える。
太陽とキスしてしまった時、自分が「大丈夫ですよ」と言ったことが奏多は気に入らないのかと。
でも、どうして……?

「だって……なんて言ったらいいのかわからなくて……」

どうするべきだったのか、どう答えるべきだったのか……
分からない。
 
文乃は本当に大丈夫だと思ったのだ。
あれは事故。
驚いたけれど、それだけだった。
 

「……俺は、大丈夫じゃなかった。」
 
奏多は文乃の瞳を射抜くように見つめる。
文乃の心臓が激しく鼓動していた。

何……?
 
私はこの感情を知らない。

「アイツが大丈夫なら、俺も大丈夫なんだよな?」

奏多の顔がゆっくりと文乃に近づいていく。
近づくたびに胸の奥が跳ねるように、緊張して顔を逸らしてしまいそうになる。

……のに。
 
奏多の手が文乃の頬に触れ、そらすことを許さない。

囁くように、優しく
奏多は言う。


「お前が太陽(アイツ)といるとイライラして仕方ないんだ」


経験したことのない、
恥ずかしくて締め付けられるような感覚。
心臓が早すぎて……。

「どうせお前のことだから、さっきの出来事も小説の資料になんて考えてるんだろうけど」

ぎくっと体を震わせて視線を逃がす。
バレていた。
 
「やっぱりな」
奏多はしょうがないやつを見るように呆れた顔でため息を吐く。
 
 
「……絶対書くなよ。」

 
念押しするとように、低い声で強く。


「書くなら……俺のにしろ」


黒髪に色素の薄い瞳が文乃の視界を満たした。


「んっ」
 
奏多の唇が、自分の唇と重なる。
 
吸い付くような柔らかい感触にハプニングではない、故意の口付け。

 
奏多の突然の行動に文乃は胸が締め付けられ——

ドキドキした。