ルーチェに恋をして



談話室の扉を開けると誰かが座っている。
じっと見つめ人物を確かめると文乃のよく知る人物だった。

彼は視線に気づいたのかこちらを見つめる。

「……文乃、そんなところで立ってないで中入ってきたら?」
「あ……うん。つむくん、本読んでるの珍しいね」

紡の手元には厚さ二センチほどの単行本が握られている。
丁寧にブックカバーがつけられていてなんの本かはわからない。

「何読んでるの?」
「『アオとキイ』」
「んな?!」
な、何故その本を……。

文乃の古傷に軽く塩がかかる。

今も販売されていて橘冬樹の作品の中では一番売れていないというだけで若年層にはヒット、ベストセラーになったものなので変なことは書かれていない。
だが、当時は友情も恋愛も何もしらない上にその感情が本当の意味ではわからなかった文乃が想像で書き上げた物語。

 かなりの理想を詰め込んでいた。

それを目の前で読まれるというのはなんという羞恥。
ファンでも知らない人でもなく、友達に自分の作品を読まれるのはなんというか自分の中を晒しているような恥ずかしさがこみ上げる。

「な……なぜその本を……」 
「奏多におすすめの小説を聞いたら渡された。」

 かなたあぁーーーーーー……

一番好きと言ってくれていた本だ……奏多に叫ぶのは違う。
嬉しさと羞恥心が混ざった気持ちを必死に胸の奥に戻した。

ダメージを受けつつもゆっくりとソファーに腰掛ける。
一人用のソファーに座っていた紡は自分の斜め前にきた文乃を見つめた。

「……パソコン?」
「あ、うん。寮につむくんしかいないからいいかなって……」
「へぇ……隣、座ってもいい?」
「え、うん……」
紡は本を持ったままソファーを立ち、文乃の横に座る。
真隣で執筆を見られるのは昔、スランプで逃げ出して村田に捕まった以来なので絶妙に緊張した。

膝のうえにパソコンを置いてキーボードを触る。

隣では紡が静かに本を読んでいた。