ルーチェに恋をして



奏多は一時的に帰ってきただけでまた寮を出なくてはいけないらしい。
もう夕方も過ぎたというのに大変だ。
 
「そっか……じゃあまた少し会えないね」

寂しい気持ちは分かりやすく表情に出てしまう。
久しぶりに会えたのに、次に会えるのはいつだろうか……。

「ふみの——」
「あれ、奏多と文乃。なんか久しぶりだね」
 
奏多の声を遮り、降ってきた声に顔を上げる。

「紡くん!」
 
嬉しくて、つい声が大きくなった。
珍しく出た大きな声に紡もびっくりしたのか目を丸くする。
 
「文乃、元気そうだね。ずっと顔見せないでごめんね?ちょっと忙しくて」 
「忙しいって聞いていたから大丈夫だよ。……まだ大変そう?」
いつもより疲れて見える紡は少し余裕がなさそうだ。
 
「そうだね。あとちょっとなんだけど……」

まるで彼に影が差したかのように顔が暗くなり、理由を話し始める。
 
「依頼人が自分の娘を僕の婚約者にどうだとしつこくてね……着物を仕立てることよりそれをいなすことに疲れたよ……」

心の底から疲れた様子の紡は可哀想だった。

和裁師って大変なんだな……その人に合わせて服を作るわけだから相手を知ることも作業のうちな訳で……。

情報収集と脳内会議が作業のほとんどを占めている作家とは違い、コミニュケーション能力も大切。
作家にもコミニュケーションは大切だが、その相手は基本的に担当さんや出版社関係の人に限られている。
特に文乃のような匿名作家は関わりが最小限にされていて窓口は担当編集の村田が全て請け負っていた。


あれ……私、相当村田さんに負担をかけているのでは?

『今更気づいたのかこの娘は』と村田の声で空耳が聞こえた気がした。