ルーチェに恋をして



教室に書き物の音が小さく響いている。
赤点をとった二人には個別の教師がつき、一人一人の改善点に向き合ってくれる。
家庭教師の授業を受けているような感覚だった。
 
またこの教師、教えるのがとんでもなく上手い。
中学に通っていない文乃を馬鹿にすることなく丁寧に教えてくれる。
手厚過ぎて涙が出てしまいそうだった。

「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様」
「あ、ありがとうございました……」

ありがたい授業を終え、ふーっと息を吐く。
思っていた以上の素晴らしい授業に明日からは安心してこの教室に通えそうだ。
斜め後ろの青年も授業を終えたのか、彼の担当教師が教室を出ていく。

「……」

どうしよう。
これから夏休みまで毎日顔を合わせるわけだし、挨拶でもしておくべきだろうか……。
自分がこんなことを考えるなんて、少しずつでも変わり始めた自分に感動してしまいそうだった。
これも紡と奏多、そしてここに入れてくれた両親と村田さんのおかげ。

温かい気持ちを抱きながら、勇気を出して振り返ってみる。

「あ、あの!」
「っ!」
青年は驚き、肩を上げる。
 
「は、はい……」
「私、一年の京極文乃と申します……よ、よろしければお名前を聞いても宜しいでしょうかっ!?」

緊張で語尾が上がる。
ああ……。
失態に自然と目を閉じて項垂れるが青年は笑うことなく文乃を見つめた。

「に、二年の安藤蓮……よろしく」 
「安藤先輩……」
 
敬意を込めて先輩と呼んでみるも、彼は落ち着かないのか慌てた様子で手を振った。

「せ、先輩なんてやめてよ!そんな風に呼んでもらえるような人間じゃないし……蓮でいいよ」
「えっと……あ……れ、蓮くん?」
「……うん、その方が落ち着く。……よろしくふみ……ちゃん?」

蓮は名前を確認するようにゆっくりと言葉を放つ。
多分名前を覚えきれてなかっただけで確認のために「ふみちゃん」と呼ばれただけ。
なのに初めての文乃以外の呼び方にちょっと興奮してしまう。

「ふみちゃん……!わぁぁぁ……!」
 
ニックネームなんて自分は一生関わりのないものだと思っていた。
友達が出来ただけでも奇跡なのにニックネームで呼ばれるなんて……。
はっ!と我に帰り、肩を縮こませる。
 
「ご、ごめんなさい……確認で言っただけなのに……下の名前は文乃です……」

しょんぼりと小さくなる姿に面白いと思ったのか、蓮はくすくすと微笑んだ。

「あはは、やっぱりボクと似てる気がするな……そんなに憧れていたのならふみちゃんって呼ぶよ」

蓮くんは紡くんとも奏多くんとも違う、また別の落ち着きを感じる。
きっと兄がいたらこんな感じだったのだろうか。
文乃の表情が柔らかく曲線をえがく。

落ち着いた雰囲気に儚さを持つ蓮は、形容し難い不思議な魅力を持っていた。