ルーチェに恋をして

橘冬樹(たちばな ふゆき)。
 
それは私の小説家としての名前で、世間では現代日本のエンターテインメントを代表する作家として知られている。
もちろん、そんな人間がまさか高校生の引きこもりだなんて誰も思っていない。
知っているのは親と担当編集の村田さん。
それ以外には教えるつもりもないし、知られてはならない。
橘冬樹としてのブランドを崩すわけにはいかないのだ。
だから家に引きこもり続けるつもりだったのに……。

「あのねぇ?そんな想像だけで書き続けられるほど、小説家は甘くないの!」
「……でも今まで出したのは全部ベストセラー、ドラマ化も沢山されましたよ……」

「……」
事実に村田も言い返せず、不服(ふふく)そうに目を細めた。
強引に聞いていないふりをして話を進める。
 
「何事も経験、体験!それが全て作品へと繋がるの!小学校までしかまともに経験してないんだから、高校くらい行きなさい!」 
「ひぇぇぇ……」

正論に頭を抱えて縮こまるしかなかった。
実際、最近の私はスランプ気味。
新作の執筆も止まってしまっている。

「この高校、変わってるのよ?才能特化クラスの生徒は唯一、自由登校と授業にも自由参加が認められている。才能を磨く、それに特化したクラスなのよ」 
「そんなクラス、絶対すごい人ばっかりじゃないですかぁ……」
「何言ってるの。学校から直々に招待状の届いた生徒しか入れないのよ!?そのクラスに行きたくてお金を積んでも入れないって話なんだから!」
「何故私がそんなクラスに……」
 
「貴女が橘(・)冬(・)樹(・)だからでしょ?」
 
「ふぁい……」
村田はため息を吐きながら文乃の手を掴み、敷地内へと連れて行く。
 
「さぁ、さっさと行きなさーい」 
「うぇぇぇ…やだよぉ怖いよぉ……」

文乃の弱気な抗議は虚しく、空へと消えていった。