ルーチェに恋をして

「あの有名な橘冬樹がまさか高校生なんてね。」

さっきまでの優しい空気は不穏な空気に変わり、紡は急に落ち着いた様子で話し出す。
紡の変わりように文乃は戸惑った。

「あ……えっと……あ……」

どうしよう。
バレてはいけないのに、バレてしまった。

原稿を置いたままにしなければ……
部屋に誰かを入れるなんて思いもしていなかった。
 
 忘れていた、自業自得だ。

汗が止まらない。
内緒にしてくださいって言わないでくださいって……言わないと。

「わ、私が橘冬樹だって……だ、誰にも言わな……」
「言わないで?」
「は、はぃ……」

 うーん、と紡はわざと悩むフリをする。

「いいけど、一個お願い事してもいいかな?」

お願いというが、それは強制のように感じる。
一度言葉を詰まらせるが、拒否することもできず「なんでしょう……」と聞き返す。

「僕の家は老舗の呉服屋でね。その店を君の小説で使ってくれる?」
「え」
「あと僕の仕立てた着物も出してくれると嬉しいな?そしたら飛ぶように人が食いつくだろ?」
 
 害の無さそうな柔らかい笑顔で中々打算的なことを言う紡に文乃は口を閉ざせない。
 
 ……ん?……着物?

「なんで着物……」
 文乃の聞きたいことがわかったのか、紡は「あぁ」と質問に答える。
 
「僕は和裁師。その才能でステラに入ったんだよ」
 

 和裁師とは、着物を作る職人だ。
 着物は洋服みたいに大量生産するものではなく、一枚の布からその人の体型や雰囲気、着る場面に合わせて仕立てていく。

「僕はその才能が秀でていてね。今まで様々な人の着物を仕立ててきた。けれど、時代とともに着物の使用頻度自体が減っている。有名小説家の橘冬樹に宣伝をして貰えば少しは効果もあるだろう?」