ルーチェに恋をして



自室のベッド。
毛布を深く被り、瞳に涙を溜めてうずくまる。

無理だった。
 
やっぱり、部屋の外に出て何かするなんて無理だったんだ。
 
紡くんは優しかったけれど、こんな変な行動をして引かれているだろう。
あの黒髪の人だって……私を気持ち悪い、と話していることだろう。
人と頑張って関わらなくてはいけないくらいなら、いっそこのまま干からびて仕舞えば……。


——コンコン

部屋の扉が綺麗なノックを鳴らす。

安西さんはもう来ない、なら 誰……?

「京極さん?さっき食事持って行かずに帰っちゃったから代わりに持ってきたんだけど。……入ってもいいかな?」
 
紡の声だった。
逃げ出した自分の代わりに食事を持ってきてくれる優しい同級生。
こんな出来た人がいるだろうか。
その優しさに、さっきまで落ち込んでいた気持ちが少し救われる。

「あ、ど、どうぞ!」

扉はゆっくりと開く。

豪華な食事を乗せたトレーを持って、
紡は文乃の部屋へと入った。

「はい、これ。……すごいね。本がいっぱいだ。」
食事をデスクの上に置くと紡は興味津々に部屋を見回す。

「ありがとうございます……本は資料とか色々……使うので……」
「そっか。……さっき大丈夫だった?奏多口が悪いから」
「あ……はい」
 
紡の言葉に自分の感情を隠すこともできず、顔を曇らせる。

「アイツ、あんな口悪くて態度も悪いのにピアノの音はすごく繊細で綺麗なんだよ」
「……ピアノ?」
「そう。天才ピアニスト・相馬奏多。聞いたことない?」
 
あいにく文乃は世の中の情報に疎く、有名人もほとんど知らない。
小説家ならわかるのに……。
 
「……すみません」
「そっか、アイツもまだまだだなー」
紡はイタズラに笑う。

紡くんを見ているとなんだか癒される。
さっきまで怯えていた心の糸がほぐされるような、優しい雰囲気がとても心地いい。


「紡くんはなんの才能——」

言いかけて安西の言葉を思い出す。
 
——『ステラ内では才能を問うことがタブーとされているのです。』


そうだ、聞いてはいけない。
それなのに今私は……。

「ご、ごめんなさい!聞いちゃいけないのに!」
「いや、大丈夫だよ。それに僕も前聞いちゃったしね」

紡は置かれたままの原稿に触れながら言葉を続ける。

 
「それに、もう知りたいことは僕も知れたから」


……知りたいこと?
何を……


「君の才能は小説家なんだね?」

彼は修正中の原稿を文乃に見せながら笑う。


「橘……冬樹 先生?」