派手なサプライズ演出も、ひざまずくようなシチュエーションもないけれど。
この静かで温かい寝室での何気ないプロポーズが、千影らしくて、何よりも嬉しかった。
「……うん。喜んで」
私が小さく頷くと、千影の顔が一気に引き締まった男の顔から、ほっとしたような少年の笑顔に変わった。
「よかった。断られたら、今日のミーティング使い物にならなくなるところだった」
「断るわけないでしょ……でも、指輪はちゃんと一緒に買いに行かせてね?」
「もちろん。亜子の好きなやつ、なんでも買ってあげる」
「本当!?高いの選んじゃおうかなぁ」
「あー……お手柔らかにお願いします。亜子さん」
「ふふっ、冗談だよ!」
そう言って笑顔を向けた私に、千影は最後にもう一度、優しいキスを落とした。
「よし、じゃあ結婚することも決まったし、俺たちの未来のために稼いできますか」
「うん!私も頑張る!」
ようやくベッドから抜け出した私たちは、そこからは嘘のようにバタバタと準備を始めた。
千影はキッチンでトースターを回し、私は洗面所でメイクを仕上げる。
同じ空間で、それぞれの役割をこなすこの空気感すら、愛おしくてたまらない。
マンションを出ると、初夏の少し汗ばむような風が吹いていた。

