アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

【第66話】氷室視点
翌朝、俺は睡眠不足の重い身体を引きずりながら、いつもより30分早く出社した。
総務部のフロアに足を踏み入れると、案の定、誰もいない静かなオフィスで、律さんが一人、パソコンの画面に向かって猛然とキーボードを叩いていた。
「律さん……っ!」
俺がデスクに駆け寄ると、彼女の肩が一瞬、ビクッと跳ね上がった。
だけど、こちらを振り向いた彼女の顔には、一片の感情も、涙の跡すらも残っていない、完璧な「鉄面皮」が貼り付いていた。
「……おはようございます、氷室先輩。何か総務部への申請漏れでしょうか。業務以外の個人的な接触は、昨晩の通知通りご遠慮ください」
「ご遠慮できるわけないだろ! 昨日のメッセージ、どういうことだよ!? 理由も言わずにいきなり別れるなんて、納得できるわけない!」
俺が声を荒げると、律さんはキーボードから手を離し、眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。その瞳は、まるで氷のように冷たい。
「理由は記載した通り、相性の致命的なバグです。当方の厳密な監査基準において、先輩との交際は『継続不可』と判定されました。これ以上の質疑応答はリソースの無駄です」
「嘘だ……! 律さん、俺の目を見て言ってくれよ!」
「……」
律さんは一瞬、目を微かに泳がせたが、すぐに正面から俺を真っ直ぐに見据えた。その目は、頑なに何かを隠そうと、奥の方で必死に震えているように見えた。
「無駄です。私はアンドロイドですので。人間の『感情』による仕様変更は受け付けません」
そう言い残し、彼女は書類を抱えて、逃げるように会議室へと去っていった。
完全に心を閉ざした彼女の背中を見つめながら、俺は悔しさに奥歯を噛み締めた。
(絶対に、何かある。神田律は、理由もなくこんな冷たい嘘を吐ける女の子じゃない)