アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

【第60話】氷室視点
月曜日の朝、08時50分。
いつも通りのスーツに身を包んだ俺は、総務部のフロアへと足を運んだ。用件は、先週提出した要件定義書の「完了報告」という名の、ただの職権乱用(彼女の顔が見たいだけ)だ。
「神田さん、おはよう。これ、先週の案件のフィードバックね」
俺がデスクのトレイに書類を置くと、デスクに向かっていた律さんは、ピシッと背筋を伸ばしてこちらを見上げた。
いつもの鉄面皮、いつもの鋭い眼差し。完全に「総務部監査官・神田律」の戦闘モードだ。
「おはようございます、氷室先輩。……書類の受領を確認いたしました。これより精査に入ります」
完璧なビジネスライク。周りの社員も、誰も俺たちが一昨日に新宿御苑で抱き合っていたなんて夢にも思わないだろう。
だけど――。
書類を受け取る瞬間、律さんの人差し指が、俺の親指の付け根を、トントン、と小さく2回叩いた。
社内規定のフォルダーに隠れた、ほんの一瞬の、二人だけのシークレット・サイン。
「……っ」
今度は俺の心臓がバックバクに跳ね上がった。
(おいおいおい、何それ神田さん!!!)
(アンドロイドのフリして、誰も見てない死角でそんな可愛いエロティシズム発揮してくるの反則でしょ!? 営業トークの引き出し全部吹き飛んだわ!)
「では、よろしくお願いいたします、氷室先輩」
すました顔で眼鏡を押し上げる律さん。だけど、その耳の裏がうっすらとピンク色に染まっているのを、俺は見逃さなかった。このオフィス・ラブ、刺激が強すぎて俺の心臓がもたないかもしれない。