【第56話】氷室視点
ベンチの上、風に揺れるサックスブルーのワンピースが、新緑の緑に映えて信じられないくらい綺麗だった。
神田さんは緑茶を一口飲むと、眼鏡のブリッジをいつものように押し上げ、それから少しだけ、ふっと肩の力を抜いた。会社での鉄面皮でもなく、映画館での完全フリーズでもない、一番「生身」に近い彼女の空気が、そこにはあった。
「神田さん」
「はい、何でしょうか。仕様変更に関する追加要件ですか」
「ううん。ただ、名前を呼びたかっただけ」
俺が笑うと、彼女は「……リソースの無駄遣いです」と呟いて、少しだけ不満そうに、でも嬉しそうに目を逸らした。その仕草一つひとつが、俺の胸の奥をキュンと締め付ける。
「俺さ、大学時代とか、なんとなく周りに合わせるのが得意だったんだよね。女の子に対しても、相手が喜びそうなセリフを言って、スマートに立ち回って。……でもそれって、誰の心にも本気で踏み込んでないってことだったんだ」
俺は自分の手を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。
「だけど、会社で神田さんに出会ってさ。俺がどれだけ気取ったセリフを言っても、あんたは『バグや』とか『ボケナス』って、正面から俺の仮面をぶっ叩いてくれた。……あの時、生まれて初めて、自分の本当の姿を見てもらえた気がしたんだよ」
俺はベンチの上で、彼女の方へと身体を向けた。
「だから俺、もう絶対にチャラい先輩のフリなんてしない。神田律さんっていう、俺の仮面を剥ぎ取ってくれた特別な女の子の前にだけは、いつだって本気の一途な男でいたいんだ」
俺の言葉を聞きながら、神田さんは緑茶のボトルを両手でぎゅっと握りしめていた。
彼女の黒い瞳が、初夏の光を反射して、じわじわと潤んでいく。
「先輩……」
彼女の唇が、小さく震えた。
鉄壁のファイアウォールの向こう側。誰も触れることができなかったアンドロイドの心臓部が、俺の本当の「告白」を受け入れて、トクン、トクンと、確かな愛のビートを刻み始めていた。
ベンチの上、風に揺れるサックスブルーのワンピースが、新緑の緑に映えて信じられないくらい綺麗だった。
神田さんは緑茶を一口飲むと、眼鏡のブリッジをいつものように押し上げ、それから少しだけ、ふっと肩の力を抜いた。会社での鉄面皮でもなく、映画館での完全フリーズでもない、一番「生身」に近い彼女の空気が、そこにはあった。
「神田さん」
「はい、何でしょうか。仕様変更に関する追加要件ですか」
「ううん。ただ、名前を呼びたかっただけ」
俺が笑うと、彼女は「……リソースの無駄遣いです」と呟いて、少しだけ不満そうに、でも嬉しそうに目を逸らした。その仕草一つひとつが、俺の胸の奥をキュンと締め付ける。
「俺さ、大学時代とか、なんとなく周りに合わせるのが得意だったんだよね。女の子に対しても、相手が喜びそうなセリフを言って、スマートに立ち回って。……でもそれって、誰の心にも本気で踏み込んでないってことだったんだ」
俺は自分の手を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。
「だけど、会社で神田さんに出会ってさ。俺がどれだけ気取ったセリフを言っても、あんたは『バグや』とか『ボケナス』って、正面から俺の仮面をぶっ叩いてくれた。……あの時、生まれて初めて、自分の本当の姿を見てもらえた気がしたんだよ」
俺はベンチの上で、彼女の方へと身体を向けた。
「だから俺、もう絶対にチャラい先輩のフリなんてしない。神田律さんっていう、俺の仮面を剥ぎ取ってくれた特別な女の子の前にだけは、いつだって本気の一途な男でいたいんだ」
俺の言葉を聞きながら、神田さんは緑茶のボトルを両手でぎゅっと握りしめていた。
彼女の黒い瞳が、初夏の光を反射して、じわじわと潤んでいく。
「先輩……」
彼女の唇が、小さく震えた。
鉄壁のファイアウォールの向こう側。誰も触れることができなかったアンドロイドの心臓部が、俺の本当の「告白」を受け入れて、トクン、トクンと、確かな愛のビートを刻み始めていた。



